透明な君へ
「どうしたの!?頭痛いの?」
彼女の主訴は健忘と頭痛だ。
検査の結果、脳に器質的な異常が全く見つからなかった為に、神経内科から精神科へと転科してきたのである。
何が引き金になったのかは分からないが、おそらくその頭痛が今まさに彼女を襲っているのだろう。
小さく頷いた彼女を、「とりあえずこっちに……」とゆっくりソファーへと誘導した。
両手で頭を抱えている彼女が座ると、ソファーはぽすっと小さな音を立てた。
本来なら反対側に座るはずの僕も、そのまま彼女の隣にそっと腰掛けた。
よほどの痛みなのか、下唇を噛み締めている。
体は小刻みに震え、額にはほんのり汗が滲んでいるのが分かった。
「…大丈夫?」
頭痛とはいっても、ここまでひどいとは……。
それに、最近ではほとんど起こる事が無いばかりか、診察中には一度も頭痛を訴えた事は無いとカルテに記載されていた為に、僕はそんなに警戒していなかった。
だが、少し考えれば分かる事だろう。
担当医が変わるという突然の環境の変化。それが、患者にとっては少なからず、心に負荷を掛ける事に成り得ると……。
僕は、自分の考えの甘さと、想定外の出来事に多少のパニックを起こしている自分の情けなさに、心の中で軽く舌打ちをした。
冷静にならなければ――。