透明な君へ

そして、僕が冷静さを取り戻していく中、それと同時進行で佐伯実華の頭痛も治まっていったようだった。


噛み締めていた下唇を解放し、きつくきつく閉じられていた目蓋がゆっくりと持ち上げられた。

青ざめていたその頬に再び赤みがさし、呼吸を整えるようにはぁはぁと肩で息をしている。


頭を抱えるという役目を終えたその手は、所在なさげに体の前に浮かんだままだ。



「……治ってきた?」

再び問い掛けた僕の声に反応し、部屋の中を旅人のようにふらふらと彷徨っていた彼女の瞳が、まっすぐ僕に向けられた。



――どこか、ぼんやりしているようなその瞳。



だけど、この時僕はまだ気付かなかったんだ。


その瞳がぼんやりしている本当の理由に。

徐々に本来の輝きを取り戻したその瞳が、ちらりと僕の胸ポケットに付いている名札を見た事に。

彼女を包み込む空気の色が変わった事に。

「……大丈夫…です」そう言った彼女の声が、さっきよりも少しだけ細く低くなった事に。




彼女に起きた重大な変化に。彼女の瞳の奥の存在に、このとき僕はまだ、気が付かなかったんだ――。




「もう大丈夫です!すいませんでした!えっと……改めて、よろしくお願いします」


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