透明な君へ
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「あ、先輩こっち!」
そう叫びながら手を勢い良く振り上げたのは、僕よりも3歳年下の23歳で、大学の後輩だった大野崇。
つい数時間前、僕に合コンの必勝法について熱く語った電話の主が彼だ。
大手たばこ会社に就職した崇は、毎日たばこの営業に奮闘している。
就職先が決まったと大喜びで報告してきた時には、僕は腹を抱えて笑いたいのをこらえるのに一苦労だった。
なぜなら、崇は一切たばこを吸わないのだから。
たばこもギャンブルも、崇は絶対に手を付けない。酒だって嗜む程度なものだ。
だから誰もがその就職先を聞いて、一瞬耳を疑い、すぐさまぶはっと吹き出した。
しかし、僕はそれをどうにか堪えて、何とか一言「何でたばこ?」と問い掛けた。
それが、散々みんなに笑われた崇にとっては余程嬉しかったのだろう。
「自分にはその良さが分からないから、知りたいんですよ」と答えたその顔は、今にも泣きだしてしまいそうな程くしゃくしゃなくせに、とても力強く輝いていた――。
それ以来、崇は以前にも増して僕になついてくるようになった。
明るくて人なつっこくて素直で。いつだって真っすぐ前しか見ないからこそ、つまずいたり転んだりする時もある。
そんな真面目で不器用な崇は、1人っ子の僕にとっては弟ができたみたいで、実はけっこう嬉しかったりする。