透明な君へ

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医局の中は、お世辞にもきれいとは言えない程にごちゃごちゃしている。休憩終了ぎりぎりに戻ってきた僕は、医師の人数よりも多く置かれたデスクの中でもひときわ高くノートやらファイルやら医学書やらが積み上げられた1番端っこの自分の席を通り越していく。

足取りは軽い。


今日は記念すべき日なのだから。否、記念すべき日への第一歩というべき日なのだから。


多少の不安はあるものの、それは人間として正常な心の働きをしているが故の事。そう思うと、そんな自分の弱ささえ愛しいと思える。


「戻りました」

この2年間、研修医だった僕の指導にあたってくれていた先輩医師のもとへ真っすぐ向かう。


「おぉ野咲。来たか」

「すいません、遅くなって」

いやいや大丈夫だよ。と答えるその表情は、妙ににこやかだ。だがそれは、自分が指導してきた1人の研修医が、やっと独り立ちする時が来た事に対する喜びの表情だと思った僕は、思わず満面の笑みを返していた。



そう。2年間の研修期間を終えた僕は、やっと1人で患者を受け持つ事ができるようになるのだ。


「じゃあ早速だけど、君に担当してもらうのは……」

ひらりと、デスクの上にあらかじめ用意していたのであろう1枚のカルテを手に取った。そしてそれに一瞬目を通すと、そのまますっとこちらに差し出す。


「この患者だ」



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