透明な君へ
今まで、数えきれない程のカルテを見てきた。だから別に今更珍しいものでもなんでもない1枚の紙切れ。だけどそれがただの紙切れではない事を、この2年間でじゅうぶんすぎる程に学んだ。それに、これは僕にとっては特別な意味を持つ1枚。
特別な――。
『研修医』ではなく、『精神科医師 野咲透夜』と書かれた名札をもらってから、初めて受け持つ患者。
医師として初めて、自分の責任で担当する患者のカルテ。
卒業証書をもらう時のような神妙な面持ちで、そのカルテへと手を伸ばす。両手で受け取り、ゆっくりとその氏名・主訴・症状・疾患名と、順々に目を通していく。
「もう2年通ってるんだ。他傷行為もみられないし慢性患者だから、大丈夫。まぁ、気張りすぎずにな」
そう言って肩をぽんぽんと叩かれた事にも気付かない程真剣に、僕はそのカルテを見つめていた。
「佐伯…実華……」
ぽつりとその名前を呟くと、ぞくっと鳥肌が全身を駆け抜けていく。
それが、“かくれんぼ”の正体だとも気付かずに――。