GOING UNDER(ゴーイングアンダー)

「うん」

 俯いたまま、琴子は小さな声で言った。

「美奈、ここにいて」
「単刀直入に言うよ」

 ジュースを一口飲んで、梅宮紀行は切り出した。

「琴子ちゃんは医学部を目指すそうだけど、そんなことをしても無駄だよ。親父がはっきりおれに言ったからね。おれを後継ぎにするって。どのみち女に病院の経営は無理だって」

 琴子は大きな目をいっそう大きく見開いて、黙って聞いている。

「親父の思惑は別にしても、病院は法人だし、親父の個人財産じゃないからね。嫡出子じゃないからっていっておれが立場的に不利だってことはないはずだ」

 病院の経営。後継ぎ。嫡出子。話の流れからして、少年の言う親父とは、どうやら琴子のパパのことらしい。
 では、この男は、琴子の腹違いの兄ということになるのか。軽い驚きを覚えながらも、美奈子は自分がひどく驚愕したとかといえば、さほどでもないことにも気づく。琴子の両親ならあり得そうだとなぜか思えたからだ。

 ヒステリックで高圧的な琴子のママ。一見理知的に見えるけれども人間的な温度を感じさせないパパ。
 テーブルの向かいに座った少年をそのつもりで眺めると、どこか見覚えがあると美奈子が感じたその目許が、琴子の6つ違いの兄の知明に似ていたのだと腑に落ちた。髪の質は琴子に似ている。顔の造作は琴子の兄に似ている。総じて琴子のパパに似ている。

「どうかな。君の方で、この勝負から降りる気はない? なければライバルってことになるんだけど」

 ここで梅宮は一度言葉を切って、伺うように琴子を見た。

「琴子ちゃんは、中学受験に失敗してるんだってね。親父の話だと、本番に弱いタイプだってことらしいけど、医者になるためにはこれから高校受験して、大学受験して、そのあと国家試験にもパスしなきゃなんないんだよね。あと3つも、大変じゃない? いくら勉強頑張ったって、いざっていうときおたおたしてたんじゃ、しくじっちゃうよ」

 黙っている琴子の隣りで、美奈子は梅宮を睨んだ。やっぱりこの男、感じ悪い。

「もし、ばかR大学なりその他の適当な大学なりをうまく卒業できて、国家試験に受かったとしても、オペの度にびびって貧血起こしちゃったりで使い物にならないとか、そういうタイプじゃないのかな、琴子ちゃんって」

 琴子は外科医になるつもりはない。けれども美奈子はここでそのことに触れる気はしなかった。
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