GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
その日は珍しく、琴子は用意を済ませ、玄関まで出てきていた。 細くて小柄な少女は、体に似合わないぶかぶかのセーラー服に包まれて、よりいっそう小さく見えた。
2つに分けて耳の後ろでヘアーゴムでとめたふわふわの猫っ毛は、やっとショートカットを抜け出たばかりの長さで、頼りない後れ毛が何本も、襟元に落ちかかっている。
美奈子の姿を見つけ、琴子は嬉しそうににこりと笑った。それは、美奈子が久しぶりに見る明るい表情だった。
並んで歩きながら、琴子は切り出した。
「ママにね、もう一度頑張ってみるって話したんだ」
見返す美奈子に、琴子は言い加える。
「進学のこと」
「高校受験で?」
「うん」
「それで、R医大に進むの?」
琴子は黙ってこくりと頷いた。
少しためらってから、美奈子は聞いた。
「だけど、保育士になるのが琴の夢じゃなかったの?」
「いいの、それは。だってお兄ちゃんが病院を継がないって決めちゃったから」
両手で持ったカバンを軽く膝で蹴り上げると、琴子は美奈子の方を向いて笑った。
「子供が好きだから、小児科のお医者さんになるの」
「琴のパパの病院って、小児科だっけ?」
「ん、内科と外科」
「大丈夫なの? それで」
「うん。あたしが一人前になったら、小児科もつくればいいからってママが言ったから」
「あんたがそれでいいならいいけど、ほんとにいいの?」
それってやっぱりママの言いなりってことじゃん。琴子にはキツく響くであろう言葉を、美奈子はあやうく飲み込んだ。
「うん」
吹っ切れたような顔で琴子が笑ったから、まあいいや、と美奈子はそれ以上追及するのはやめた。
琴子の体調を気遣う余裕もなく、自分の思惑通りに事が運ばなかった悔しさにとらわれている母親。両親と兄の確執をなんとかうまくまとめようと無意識の内に自分を押し殺してしまう琴子。問題は山積しているように感じられたが、今ここでそれを言ってもしょうがない。