GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 琴子のママの有無を言わさない口調は容易に想像できた。琴子はいつだってママに逆らえない。つきあってもいい友人とだめな友人、勉強のさまたげにならないクラブ選び、服装、休日に遊びに行く場所。琴子のすべてにママは当然のように口を挟んでくる。

 美奈子が、それっておかしいよ、変だよ、と口にすると、琴子は困惑した顔になる。困った顔でさびしそうに笑って、いいの、と小さく返事する琴子を幾度も見たから、なるべく気をつけて批判的なことは言わないようにしてきた。

 琴子が自分の意に添わないことを要求されても黙って飲み込んでしまうのは今に始まったことではない。でも今は、それだけじゃない気がする。

「聞いちゃだめ? ママは琴になんて言ったの?」

 美奈子がそう問いかけても琴子は黙っていたけど、それは拒絶の沈黙ではなく、何をどう話せばいいのか考えあぐねているだけのようだった。

 少し考えて美奈子は、さっきの梅宮紀行からの電話の件を、琴子に話した。クラスの柿崎直人の名前を借りて、琴子を呼び出したのだが取り次いでもらえなかったと彼は言っていた。そのことで、ママに何か言われたんじゃない?

 琴子は頷いた。

 梅宮紀行は、琴子のママから用件を問いただされて、昼間のことで言い忘れたことがあって、と言葉を濁したらしい。ママは電話を切ってから琴子を呼び、電話の内容について問い詰めた。琴子ちゃん、あなた、柿崎くんって人と昼間何の話をしたの? 全く心当たりのなかった琴子は、ただ首を振った。知らない。柿崎くんとはきょう話なんか何もしてない。嘘をついているんじゃないでしょうね? ママは厳しい顔でそう言いながら、中学の名簿を開いて柿崎直人の電話番号を捜し、コールバックした。

 電話で呼び出された少年の声は、さっきかかってきた電話の相手とは別人だった。

 ママは取り乱した様子で、琴子を追及してきた。

 ならさっき電話してきたのは誰? 琴子ちゃんとやけに親しそうだったけど、どうしてちゃんと名乗らなかったの? あなた、昼間誰か別の男の子と話をしたの? どこで? 何の話をしたの? したんでしょう? 嘘をつくんじゃないわ。嘘つきは不良の始まりなんだから。ママに言えないようなことなの? どうなの? 黙ってないでちゃんと言いなさい。
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