GOING UNDER(ゴーイングアンダー)

 琴子のママは、ある意味エキセントリックなタイプだった。琴子の話では、彼女は子供たちの友人関係に平気で口を出すのだ。
 友達は選びなさいというのがその口癖で、けれども思いやりがあって誠実な人を、とかいう意味なんかでは全然なくて、要するに、勉強のよくできる優秀な人を選んでつきあいなさい、ということらしい。 だから、小6の秋に進学塾の主催した校外模試を一緒に受けたときの美奈子の偏差値を聞いて以来、琴子のママは美奈子に当たりがいい。美奈子はどちらかというと理数系が得意なタイプだったが、そのときのテストではたまたま難易度の高かった算数の答案を全問正解し、そのためかなり上位にランクしてしまったのだった。

 もともと美奈子はスポーツも好きだが、勉強も嫌いではない。小さいときから仲がよかった男子の1人にやたら頭の切れる秀才タイプのやつがいて、そいつに負けたくないとがむしゃらに勉強を続けてきたこともあって、中学に通い始めてからも成績はトップクラスを維持している。
 一方琴子は、そのおっとりのんびりした性格が手伝ってか、成績の方は今一つぱっとしない。いや、そこそこ真面目に頑張っているから悪くはないのだ。ただ、ママの要求するレベルが高過ぎるだけで。

 中学受験は琴子にとっては、突然降って沸いた災難だった。
 6つ年の離れた兄が、大学は医学部ではなく工学部を受けると宣言したためだった。曰く、人体をいじるよりもメカをいじる方が性に合っていると。

 パパは案外あっさりと兄の主張を認めた。工学部なら4年で卒業だ。院に進んでも援助してやれる。病院はなんとかなる。外から後継者を選んでもいい。なんだったら琴子に婿養子をとることもできるしな。
 対照的に、ママは取り乱した。婿養子なんてとんでもない。外部から後継者なんて、ますますとんでもない。それぐらいなら琴子を医者にする。ね、琴子ちゃん、そうしてちょうだい。

 琴子は逆らわなかった。けれども6年になってからいきなり通い始めた進学塾の内容についていけず、受験ではあがりまくって、がちがちになって、しくじった。

「ねえ、琴」

 ふと思いついて、美奈子は言った。

「だったらいっそ、公立大の医学部を目指さない? 一緒に」
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