GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 代わって別の友人が電話を掛けたが、同じだった。誰が何ていって電話しても取り次いでくれない。借りていた本を返したいから、なんて用件をでっち上げて掛けてみても、知明に聞いておきますから、なんて言われて切られてしまう。

 彼女たちは考えた末、少女と同じ中学の出身で今は知明と同じ高校に通っている男子生徒の中から信用できそうな相手を選び、事情を説明して、代わりに桜井の家に電話を掛けてもらうように頼んだ。みんなで交互に電話して取り次いでもらおうとして、ということを繰り返していたためか、知明の母親は警戒心を強めてしまったらしく、同じ高校の男子生徒の電話に対しても、用件をしつこく問いただしてきた。打ち合わせどおり彼が、気分転換に映画でも誘おうと思って、と説明したら、塾があるからと断られ、その場で電話を切られた。

 とにかく直接本人にコンタクトをとることができない。もういい、手術はもうあさっての予定だし、とあきらめ顔の少女を半ば引きずるようにして、その男子生徒は真由子を訪ねてきたのだった。

「いいよ。協力しても。けど、ちゃんと避妊しなきゃだめじゃん」

 多分友人らにも散々言われてきただろう言葉を真由子が口にすると、少女は黙ってうつむいた。
 付き添ってきた少年が言う。

「それ、桜井にも言ってやってくれ」
「安全日だって、あたしが言ったの。だから」

 消え入りそうな声で少女は答えた。

「ねえ、やっぱりいい、あたし帰る。知明には言わないで。怒られる。嫌われる。うっとうしいって言われる」
「よくねえだろっ!」

 少年が怒鳴って、少女は身を竦めた。

 その日から、隣家であることを利用して、出かける知明をストーカーよろしく真由子は待ち伏せた。しかし、進学塾の夏季集中講座に通うときも、参考書を買いに本屋に行くときも、いちいち母親が送り迎えしている様子で、1人でいる知明をつかまえることはできない。
 自由な時間がないから、と彼女に説明した知明の言葉の意味はこういうことだったかと、さすがに呆れた。

 桜井家は食料や日用品も宅配業者に頼んでいるらしく、知明の母親はめったに買い物に出ない。
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