GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 それでも1日中見張っていると、ちょっとした用事で出かけていくこともある。張り込みを頼まれてから3日目に、母親の運転する赤のアウディが妹の琴子だけを乗せて車庫を出て行くのを見届けて、真由子は電話を掛けてみた。留守番電話になっていた。玄関に回ってインターホンを鳴らしてみたが、やはり出ない。

 きょうが手術の日だと聞いていたので真由子は意を決し、表の庭に回って、雨戸を拳でガンガン叩いた。耳障りな音があたりに響いたが、構わずガンガンやっていたら、やっと知明は顔を覗かせた。

 チャイムを鳴らしたのになんで出ないのよ、と文句を言う真由子に、何の用だ、と知明はそっけなく返したが、説明を聞いて彼は顔色を変えた。

 病院の場所を聞き、駆けつけようとする知明に真由子がついていくつもりでいたら、家に戻ってシカトしててくれ、と頼まれた。

「おふくろが問い合わせてきても知らぬ存ぜぬで通せよ。あんたが巻き込まれる問題じゃない」
「そんなこと言ったって、いきなりいなくなったら家族は捜すでしょ? しらばっくれろっていうわけ?」
「家族にはあとでおれから電話を入れる。説明も自分でする。あんたは何も言うな」

 相変わらずの傲岸不遜な態度にむかっ腹が立ったが、知らせてくれて感謝する、と言い添えられ、少し気が治まった。


 そのあとの経緯については、少女を連れて訪ねてきた男子生徒が電話で教えてくれた。

 知明は手術には間に合わなかったが、術後彼女と面会し、夕方の退院に付き添って、あらかじめ外泊すると決めていた女友達の家に送っていった。

 揉め事はその友達の家で起こった。

 昼間、母親が戻ってくるころあいを見計らって、知明は家に連絡したらしい。きょう中に帰るから。帰ってから説明するから。そう告げた知明に、母親は食い下がった。

 どこにいるの? 帰ってらっしゃい。言えないの? どうして? 勝手なことして。帰らないのなら、今から迎えに行くわ。あなたがどこに行ったのか、ママ、知ってるんですからね。

 迎えになんか来るな。自分で帰る。そう言って知明は電話を切ったが、送っていった友達の家に、母親は先回りして待っていた。母親は少女の実家に問い合わせて、ここの場所を聞いたらしかった。家人のいないその家に友達が鍵を開けて入ると、母親は玄関の内側まで強引についてきた。
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