GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
あの子可愛いな。ほら、あの二人三脚で後ろから2番目を走ってる、茶色っぽいおさげの子。鈍臭くて可愛いよ。さっきの借り物競争でも、貸してくれそうな人に声かけられなくてまごまごしてただろ。へー、桜井琴子っていうの。なんだ、柿崎の弟と同じクラス?どんな子? おとなしいの? 成績はいいんだ。ふーん。弟くんさ、それとなく聞いてみてよ。つきあってる奴、いるのかとかさ。写真撮っておこうかな。走ってるとこ。
今年の体育祭は土曜日だったから、琴子のパパは、確か仕事があって来られなかった。柿崎直人は、偶然梅宮が琴子に目をつけたみたいに思っているみたいだが、本当は梅宮は以前から琴子のことを知っていたのだろうと思う。それで、わざわざ見に来たのかもしれない。
しかし、目の前の、のんきそうな顔をしたこの少年に、そういった事情を説明してもしょうがない。美奈子は肩を竦めて言った。
「琴子のうちにも夕べ電話したみたいよ。クラスメートのふりをして柿崎くんの名前で電話したのに、ママに取り次いでもらえなかったのですって」
「ああ、そうか、それでか」
柿崎直人は腑に落ちた顔で、つぶやいた。
「夕べ突然、桜井のおふくろから電話かかってきてさ。何だろうと思いながら電話に出たら、『間違いでした』って言って切られちまったんだよな」
家に帰ってから美奈子は、真由子が大学から戻ってくるのを待って、琴子が学校を休んだことを告げた。2人で相談して、きのうのできごとについては、最低限のことを、ごく簡単に伝えるだけにしようと決めた。
きのうの下校途中、見知らぬ高校生から声をかけられた。中背中肉でこれといった特徴もない普通っぽい学生だった。電話番号は聞かれてないし、こちらも聞いてない。以上。
名前とか、何か手がかりになることを言ってなかったかと聞かれたら、適当にとぼけて受け流すから。真由子はそう請け合った。美奈子は直接電話に出ちゃだめよ。嘘をつくのも嫌でしょうし、といって、琴子ちゃんの了解を得ないでその異母兄弟の名前を出すこともできないでしょ? とにかくわたしに任せておいてね。
手ぐすね引いて真由子は待ち構えていたが、その晩琴子のママからの電話はなかった。こちらから電話をかけて琴子の風邪の様子を聞きたかったが、もう少し待ちなさいよ、と、真由子に止められているうちに、電話できる時間を逃してしまった。