GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
あの頃、琴子はもっと自由だった。ママは知明にかかりきりだったから、琴子は概ね放っておかれていたし、勉強だって適当にしていればよかった。家に戻ってから外で駆け回って遊ぶことがあまり無かった代わりに、学校からの帰り道、美奈子と一緒にいろいろ寄り道もした。花屋さんの軒先に繋がれた大型犬と遊んだり、公園に寄ってドングリを拾ったり、よくハガキを出しに行くコンビニのお姉さんとおしゃべりをしたり。少し遠回りして、琴子の通っていた幼稚園を見にいったこともあった。
琴子の通っていた園は、幼稚園部と保育園部に分かれていた。保育園部の子供たちが保育士たちと連れ立って午後の園庭で遊ぶ様子を眺めながら、琴子はポツリと言った。
幼稚園は楽しかったなあ。
絵の具を水に溶かしてね、大きな1枚の紙に何人かで1つの絵を描いたりね、小麦粉粘土で工作したり、みんなでバッタになったり魚になったり芋虫の真似をして遊んだり。それからお話の時間っていうのがあって、先生が大きな大きな紙芝居を台車に乗せて運んできて、みんなで紙芝居を囲んで座るの。絵本も読んだな。あたしのクラスの先生は、すごくゆっくりした人で、子供たちがもたもたしてても全然せかさないの。いつもにこにこしてて、優しくて、大好きだった。
大きくなったらその先生みたいになりたいと思ってた。今でも大好きな人。
夢見るような顔でそうつぶやいた琴子のうっすら上気した横顔を、美奈子はあざやかに思い出す。
だったら会っていこうよ。せっかくここまで来たんだから。
そう誘った美奈子に、時間が無いもの、遅くなるとママが心配するからと言って、いつもの通学路に向けて走り出した琴子。寄り道して遅れた分を、取り戻そうとするかのように。
家の前で手を振った少女は、どこか気後れしたようないつもの表情にもどって小さく微笑んだ。
あのとき以来、美奈子はずっと願いつづけてきた。あの日琴子が幼稚園の庭を懐かしそうに見ていた瞬間のような、無防備な顔で笑ってくれたらいいと。一緒に過ごす時間を楽しいと思ってくれたらいいと。琴子が大好きだった先生みたいに、琴子をくつろがせて安心させて、ただ包み込んでいてあげられたら。
琴子の通っていた園は、幼稚園部と保育園部に分かれていた。保育園部の子供たちが保育士たちと連れ立って午後の園庭で遊ぶ様子を眺めながら、琴子はポツリと言った。
幼稚園は楽しかったなあ。
絵の具を水に溶かしてね、大きな1枚の紙に何人かで1つの絵を描いたりね、小麦粉粘土で工作したり、みんなでバッタになったり魚になったり芋虫の真似をして遊んだり。それからお話の時間っていうのがあって、先生が大きな大きな紙芝居を台車に乗せて運んできて、みんなで紙芝居を囲んで座るの。絵本も読んだな。あたしのクラスの先生は、すごくゆっくりした人で、子供たちがもたもたしてても全然せかさないの。いつもにこにこしてて、優しくて、大好きだった。
大きくなったらその先生みたいになりたいと思ってた。今でも大好きな人。
夢見るような顔でそうつぶやいた琴子のうっすら上気した横顔を、美奈子はあざやかに思い出す。
だったら会っていこうよ。せっかくここまで来たんだから。
そう誘った美奈子に、時間が無いもの、遅くなるとママが心配するからと言って、いつもの通学路に向けて走り出した琴子。寄り道して遅れた分を、取り戻そうとするかのように。
家の前で手を振った少女は、どこか気後れしたようないつもの表情にもどって小さく微笑んだ。
あのとき以来、美奈子はずっと願いつづけてきた。あの日琴子が幼稚園の庭を懐かしそうに見ていた瞬間のような、無防備な顔で笑ってくれたらいいと。一緒に過ごす時間を楽しいと思ってくれたらいいと。琴子が大好きだった先生みたいに、琴子をくつろがせて安心させて、ただ包み込んでいてあげられたら。