GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 美奈子は琴子に並んで、琴子の目線の先を追い、そう感想を漏らした。3年前までここに通って、勉強して、友達と遊んでいた。けれども懐かしいはずのその場所は、今はひんやりとした薄闇に沈み込んで、どこか重苦しくそっけない。誰もいない夜の校舎。しんと静まり返ったこの場所で、たった1人、琴子は何をしていたのだろう。

 ぶるっと身震いして琴子が寄り添ってきた。

「なあに、怖いの?」

 琴子は少し俯いたまま、美奈子の言葉にかぶりを振る。

「空っぽで、なんだかさびしいなって」

 美奈子は手を伸ばし、琴子の手を握った。やっぱり冷たい。

「琴、指が冷えきってるよ? ずっとここにいたの?」
「ん……」

 琴子は曖昧に頷いた。

「琴のママから電話があったのよ。美容院から帰ってこないし、どこに行ったかわからないって」

 それを聞いて、琴子の表情が曇る。
 美奈子は隣りを振り返って琴子の顔を覗き込むようにして聞いた。

「髪、少し切った? あまり変わってないね」

 ふわふわの髪の毛先を揃え、綺麗にブロウしてもらった琴子は、信じられないぐらい可憐だ。華やかで愛らしくて、なのに儚げで……。他の誰にも見せたくないぐらい。このまま手を繋いで、明かりの消えた暗い校舎に入っていったら、2人だけで、誰も知らない異次元の世界か何かに飛ばされたりしないだろうか。そうだったらいいのに。頭を掠めたらちもない夢想に、美奈子は苦笑した。

 自分の家と隣りの家の塀で隔てられたお互いの部屋と部屋の10mほどの距離が、美奈子にはもどかしい。何かあったとき、琴子が辛いとき、いつでもそばに居て、真っ先に助けてあげたいのに。支えていてあげたいのに。
 けれども今はともかく、自分が琴子の隣りにいる。一番近くに。美奈子以外はまだ誰も、琴子がここにいることを知らないのだ。非現実的な夢は頭からさっさと追い払って、美奈子は繋いだ琴子の手を少し引いた。

「ゴム貸して。髪を結わえてあげるよ」
「うん」

 木立の間を抜け、ブランコの横の平均台のところまで歩いて行って、美奈子は琴子を座らせた。

「寒くない?」
「平気」
「風邪、引いてるんでしょ?」
「ううん。きのうはちょっと、体調が悪かっただけなの」
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