GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 それでも身体が冷えるのはよくないと言って、美奈子は自分の上着を脱いで琴子に着せ掛けた。美奈こそ寒くないの? そう訊ねる琴子に、自転車で走ってきたから暑いぐらいなのと答えた美奈子は、琴子の手首に巻きつけてあった小さなビーズの飾りのついた青いゴムを受け取った。座った彼女の後ろに回って、指で軽く髪を撫で付けて左右に分ける。

「櫛、持ってない?」

 琴子はかぶりを振る。

「持ってない」
「わたしもカバン、持ってこなかったからな」

 言いながら髪を手櫛で梳いて、三つ編みを始めた。

「どうせなら編み込みにしちゃおうか」

 真ん中から分けた左側の髪を、ゴムで仮止めにして、右側の髪から少しずつ手ですくって、編み込みを作っていく。少し面倒な作業だが、なくなったと思っていた琴子の髪に触れられるのが嬉しい。緩くウェーブした柔らかな髪は、クセのない美奈子の髪よりもずいぶん結わえたり結んだりしやすい。真っ直ぐな自分の髪は三つ編みに向いていない。毛先を結わえたゴムやリボンはすぐにするりと抜け落ちて、知らないあいだにほどけてしまう。

 綺麗な編み込みをつくりながら、美奈子はおととい姉と交わした会話のことや、琴子の留守中にママとの電話で梅宮紀行のことを話してしまったことをどう切りだそうかと考えをめぐらせる。せっかく2人きりだけれども、考えればあまり時間はない。琴子のママはまだ琴子を捜しまわっているはずだし、姉の真由子も美奈子からの連絡を待っているはずだ。西の端に一条の微かな青い光を残して空は宵闇に沈み、あたりはそろそろ薄暗がりから夜の闇へと移行し始めていた。

「あのね、美奈……」

 美奈子が考えあぐねていたら、ためらいがちに琴子が切り出した。

「うちに帰るのが怖くて、ここに来て……ぐずぐずしてたの。心配かけてごめんね」

 琴子のママから美奈子が電話で聞いたのと同じ話を、琴子は繰り返した。
 髪を短く切りなさいといわれて、塾のあと、美容院に連れて行かれたこと。待合席で待っていたら、パパから電話があって、ママが急にうちに戻らないといけなくなったこと。ママは琴子にお金を渡して、先に帰ってしまったこと。

「あたし、どうしても髪を切りたくなかったから、美容師さんにどうしますかって聞かれて、毛先を揃えてくださいって……」
< 46 / 90 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop