GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
「我慢なんてしてないよ。いつだって。わたしは琴といるのが本当に楽しいし、嬉しいし、だから琴にも同じように思ってほしくて。琴が悩んだり落ち込んだりするのはわたしもつらいから、なんとか元気になってほしくて……うっかりキツいこと言ったのだったら、本当にごめんね」
「ううん」

 琴子は涙をいっぱいに溜めた目で美奈子を見返して言った。

「嫌われてるんじゃないってわかったら、安心した。あたし、美奈にそっぽ向かれたら、ほんとうに、どこにも行き場がなくなってしまうから。だから……」
「琴の泣き虫」

 琴子の頬を伝う暖かい涙を手のひらでぬぐうと、美奈子はそっと琴子の髪を撫でる。

「わたしはいつだって、何があったって、琴の味方だって言ったでしょ? そっぽ向いたりなんてしないよ。だから、ごめん。その髪……可愛いけど、とても……」

 自分の言葉が原因で、とても逆らえるはずもないママに琴子が逆らってしまったことに胸が痛んで、それなのにその事実に浮かれている自分もどこかにいる。そのことに、美奈子は戸惑った。琴子が苦しんでいるのに、どこかで喜んでいる自分が利己的なひどい人間に思えて、琴子に悪くて美奈子はもう一度、ごめんと繰り返す。

 琴子は知らないのだ。自分がどんなに琴子のことが好きか。どんなに独占したいと思っているか。2人きりでいられる時間を、どんなに大事に思っているか。

 だから琴子は、追い詰められて、強くならなきゃと思いつめてしまった。安心したと言いながらもなお、どこか寂しそうな顔をして、今も不安をぬぐいきれないでいる。その不安を拭い去りたくて、なんとかして自分の気持ちを伝えたくて、けれどもそうする術が美奈子にはまるでわからない。

「ほんとよ」

 途方に暮れそうになりながらも、美奈子はさっきと同じ言葉を不器用にリピートする。

「今の琴が好きなの。どんな琴でもかまわないの。弱くても、意気地なしでも、ママの言いなりでも。変わらなきゃとか、強くならなきゃ、とか、そんなこと、言いたかったんじゃないの。だから……」

 だから、笑ってほしい。いつものように。いつもの、穏やかな毎日の中での何気ない笑顔で。

「美奈……」

 やっと琴子は微笑みを返してくる。けれども、やっぱりその笑顔はどこか儚げで、それを見る美奈子の胸はぎゅうっと痛んだ。
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