GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
「ありがと、美奈。でも、ごめんね、あたし、ほんとにこんな……意気地なしで」

 寂しそうな微笑を浮かべた琴子を見返しながら、わけもなく美奈子は焦った。どうしてこうも、うまく伝わらないのだろう。好きだと言っているのに。たったそれだけのことが。

「ねえ、琴」

 言いかけて、やはり美奈子はためらった。これから告げる言葉は、琴子を安定させるどころか、かえって負担をかけるだけかもしれない。悩ませるかもしれない。苦しめるかもしれない。

 けれども、きっと気持ちはうまく伝わる。伝えることで、琴子に今より少し、近づけるかもしれない。ひょっとしたら、足りない何かを、もう少しだけ近づくことで、埋められるかもしれない。

 少しためらったあと、美奈子は思い切ってその言葉を口にした。

「キスしても……いい?」

 琴子の目が、驚きに見開かれる。

「ダメなら、目を開けたままでいて。わたしはただ……琴に失恋するだけだから。それで……約束する。ちゃんと友達として好きでいるし、きっと自分の中で片をつけて、気持ちの整理をつけるから。でも、もしも……」

 途切れ途切れに言葉をつむぎ、そして続く言葉に詰まる美奈子の前で、少女は戸惑いの表情を浮かべ、長いまつげに縁取られた目で美奈子をじっと見つめ返した。彼女はそのあとやっと安堵したように柔らかく微笑むと、ゆっくりと静かに瞳を閉じた。
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