GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
「髪は、どうするの?」

 その質問には琴子は、少し考えて、こう聞き返してきた。

「ねえ、美奈、もう一度聞いてもいい。髪が短くても、あたしのこと、変わらずに好きでいてくれる?」
「あ、あたりまえでしょ?」

 琴子がそんな風に真っ直ぐに聞いてくると思わなかった美奈子は、一瞬気後れしたあと、慌てて答えた。
 琴子はひどく嬉しそうにふうわり笑うと、じゃあね、と、口を開く。

「髪は切る。美奈が短くてもいいって言ってくれたから。たしかにあたしの髪だけど、今はママの気の済むようにしたいの」

 いいよね? そう相槌を求める琴子に、もちろん、と美奈子は頷いた。琴がそれでいいなら。

「でもね、美奈」

 琴子は真剣な顔になって、美奈子を覗き込んできた。

「あたし、ママに振りまわされるのはもうやめる。難しいけど、でも、あたし、わかっちゃったから」
「何が?」
「あたしには美奈がいるけど、ママには誰もいないんだなって」

 琴子は少し首を傾げ、ゆっくりと、自分に言い聞かせるような声で言った。

「ママには信じられる相手が、誰もいないの。だから、あんなになっちゃったんだわ」
「だからっていって──」

 美奈子は反駁した。

「琴や琴のお兄さんを自分の思いどおりにしようとしていいわけじゃないわ」
「うん」

 琴子は頷いて答えた。

「美奈の言うこともわかるよ。ありがと、美奈。あたし、美奈に出会ってなかったら、そんなことすらわかんないままだったと思う」

 ねえ、美奈、聞いてくれる? 琴子は続けて言った。

「ママがなんでも言うことを聞かせようとするのは、あたしのことを信じられないからだと思うの。信じてないから、ずっとずっと試し続けてないと、気が収まらないんだと思う。もしかしたら、なんでも言うことを聞いているうちにどんどんエスカレートして、とんでもないことまで要求してくるようになっちゃうのかもしれない。だから、少しずつ、どうにかして変えていかなきゃいけないんだよね。あたしはママとは別の人間なんだって、わかってもらわなきゃ。でも、あたしには、お兄ちゃんみたいに、ママのこともパパのこともすっぱり切って捨てちゃうことはできないから……あきらめたくないから……その」
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