GOING UNDER(ゴーイングアンダー)

 琴子の声が不意に小さくなる。
 彼女は再び涙を溜めて、俯いて、それでもなんとか言葉をつないだ。

「これからもあたしと一緒に……あたしとつきあって……ってくれる?」
「もちろんよ」

 美奈子は琴子の手を引いて、自分の方に引き寄せ、柔らかく抱きしめた。

「たった今、そう言ったところでしょ?」

 琴子が口には出さなかった言葉の意味を汲んで、美奈子は繰り返した。

「口数の多い琴のママとも、あの苗字の違う憎ったしいお兄さんとも、とっつきづらいパパとも、とことんつきあうわよ」

 美奈子の憎まれ口がおかしかったのか、少女は半べそをかきながらも、小さな笑い声をもらした。

 まだまだ話し込んでいたい。2人きりで、そばにいたい。本当はずいぶん後ろ髪を引かれながらも、そろそろ行こうよ、と、美奈子は琴子の手を引いた。

 グラウンドを斜めに突っ切って歩き始めたとき、再び電話が鳴った。ポケットから出して、番号を確認する。さっきと同じ番号で、今度は10秒ほど鳴って切れた。

 自転車まで戻ったところでまた鳴り始めた電話は、今度は、美奈子が自転車を動かして琴子と並んで歩き始めても、しばらく鳴鳴りつづけていた。美奈子は鳴り終わるのを待ってから、一端自転車を道の脇に止め、電話の着信番号を念のためもう一度確認してから、姉の真由子に連絡を入れる。小学校の校庭で琴子を見つけたことを話して、今、家に向かって歩いていること、そして、さっきから電話が鳴りつづけていることを告げた。

 電話のことは、帰ってからでいいわよ。それより、日が暮れちゃったけど大丈夫?

 そう聞いてきた姉に、日が暮れたっていっても遅い時間じゃないし、まだ人通りもあるからと美奈子は答えた。
 両親が帰ってきて心配しているかもと思っていたが、姉は言った。

さっきママから、パパと2人で外食してくるからって電話があったわよ。あんたたちも回転寿司でも食べに行ったら? って言われたから、早く戻ってきなさいね。

 ご飯の用意もしないまま、うちを飛び出してきたんだっけ。ふとそのことを思い出した。
< 57 / 90 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop