GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
言われなくとも聞きました。そう、ママは言い返す。どうしても出て行くのなら、せめて行き先だけでも教えなさい。あんまり勝手なことばかりしてたら、来年の学費をパパが出してくれないんだからって。そうしたら、あの子、それならそれで別にかまわない。1年休学してお金を溜めれば済むことだからって言って……。
留年だなんてそんなみっともない真似をさせられるか。学生課に行って、転居先を確認して来い。
苦々しい顔でそう言ったパパに、ママは噛みつくように言い返した。
どうしてわたしがそんなことをしなきゃいけないんですか。聞きたければあなたが行って聞いてくればいいでしょう。
琴子はパパとママの間で呆然と、そのあともずっと続いた2人の言い争いを聞いているしかなかった。
「それで、パパとママが梅宮さんのこと、あたしに隠してたのも、先週あたしが梅宮さんに会ったことを言えなかったのも、なんだか全部うやむやになっちゃった。それで、きのう……日曜日にママに、髪を切りに行くからって言ったら、もういいわよって言われたの。でも、そのあとでママ、あたしをじっと見てね、お願いだから、あんな子に負けないでちょうだいって」
琴子は一度立ち止まり、雨上がりの空を見上げる。
「もしかしたら、梅宮さんも、ずっとそんな風に言われつづけてきたのかなあ」
突然そんな言葉を口にする琴子に、美奈子は内心戸惑った。
実は、梅宮紀行のことに関して、美奈子の方からもちょっとした報告がある。それをどう切りだそうと考えながら、さりげない口調で美奈子は聞き返した。
「梅宮さんのママに?」
「うん」
琴子は再び歩みを始めながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あたし、お兄ちゃんから、パパがあたしじゃなくてもうひとりの男の子に病院を継がせるつもりだって話を聞いたときも、別になんとも思わなかったんだ。まるで別の世界の話のように現実感がなくて」
美奈子は黙って頷いた。琴子にとってはママがすべての世界だった。だからその外側で何が起こっていても、実際琴子には直接関係がなかったのだ。
「けど、ママ、梅宮さんが医者になるつもりで勉強してるってこと、多分ずっと前から知っていたのね。お兄ちゃんが進路変更しちゃったから、あたしが病院継がなきゃ梅宮さんに取られるって焦ってたんだね。パパのことも、病院も」