GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
「琴子はあんたの母親のいいなりだったそうだけど、どうしてそうなのか、あんたは考えたこともないだろう。ずっと優等生で育ったあんたと違って、せいぜい聞き分けがいいぐらいのことでしか、琴子は両親に認めてもらえなかったんだ。自分がなくて親の言いなりだっていうのは、違うと思うな」

 顔を上げた美奈子に、梅宮は視線を移した。

「どう? 美奈子ちゃん、おれの推察は当たってる?」

 そうだとも違うとも答えかねて、美奈子はただ不審げに梅宮を見返した。一体梅宮は、どこに話を持って行くつもりなのだろう。彼は何が言いたいのだろう。何を考えているのだろう。そもそもどういうつもりで、ここについてきたのだろう。
 彼は琴子のことを、一体どう思っているのだろう。

 美奈子が梅宮に対して気を許せないと感じてしまうのは、彼が琴子に対して抱いている感情がどういった類のものなのかを、うまく読み取ることができないからだ。

 琴子に会いに来た当初から彼の言葉の端々には、琴子に対する悪意といってもいいような棘が仄見える。といって、こんなことろまで美奈子の顔色を伺いにやってきた梅宮が、悪意や害意といったものだけに突き動かされているようにも見えない。

「おれはもっと琴子ちゃんとじっくり話がしたかったんだけどな」

 美奈子の視線をゆったりと受け止めて、梅宮は再び微笑した。

「図書館では君が強引に連れ去ってしまうし、電話は結局取り次いでもらえなかったしね」

 難しい表情のまま、知明が低い声で言った。

「おやじが何を考えていようが、そんなことは本当にどうでもいい。たとえおやじの不興を買ったところで、たいした実害はないからだ。だが、おふくろは別だ。琴子がおふくろに逆らわないのには、それなりの理由があるんだ。もう一度忠告しておく。おふくろには極力かかわるな。桜井の家に電話をかけるなど、もってのほかだ」
「あんたの忠告とやらを汲んで、一応名前は伏せて電話したんだけどね。琴子のクラスメートの名前を拝借したのに、ああも見事に剣突くらわされるとは思わなかったよ。あの琴子ちゃんの母親だから、もっと楚々とした人を想像していたのに」
「あの……」

 少し迷って、美奈子は口を開いた。
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