GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
「まず、礼をいうのが遅れたが、きょうは行方不明の琴子を捜し出してくれてありがとう」
「いえ……」

 改まった口調で頭を下げられ、戸惑った美奈子は首を振る。

「琴子が戻らないという話を聞いたとき最初に想像したのは、事故か事件にまきこまれたかもしれないということだった。家出した可能性については全く考えつかなかった。おれ自身はすっかりうちを出る気でいたにもかかわらずだ」

 黙って美奈子は頷いた。

「1つ確認させてくれないか。琴子はおれが家を出たことを知って、ショックを受けて飛び出したかどうかしたのか?」
「いいえ」

 その言葉には美奈子は首を振った。

「琴子はまだ、お兄さんのことを何も知りませんでした。今ごろママから聞かされているかもしれないけれど」

 小学校のグラウンドで美奈子が見つけた時点での琴子には、知明のことを知る術はなかった。だから家出の原因は、知明のこととは関係ない。

「もう1つ聞きたいんだが、美奈子さんが見つけたとき、妹はどんな様子だったんだ? うちに帰りたがらなかったりはしなかったのか?」

 美奈子はもう一度かぶりを振る。

「大丈夫です。ここ何日かのゴタゴタで琴子とママはぎくしゃくしてたんですけど、一緒に帰るころには琴子は落ち着いていましたから。帰ってママに嘘をついていたことを謝って、きちんと話をするって言ってました」

 知明は、少し表情を緩めた。

「ならいい。こいつの……」

と、彼は梅宮を目で指して、

「言うように、おれが全くお呼びじゃないのなら、それはそれでいいんだ。琴子に何があったのかは知らないが、納得して家に帰ったのなら、それこそおれの出る幕じゃない。この先もおれの手が必要ないのなら、それはそれで別にいい。だが──」

 知明は考え込む調子で、

「やはりおふくろの望むとおりに何でもしようとしても、いずれは琴子も限界に突き当たると思う。おふくろの要求はある意味際限ないものだし、自分の意思を殺して行動するのにも限度というものがある」

 そこで知明は一端言葉を切り、続きは少し迷ってから切り出した。
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