GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
医者になれとは、おれは言われてない。
思いっきりむかっ腹を立てて、梅宮はそう答えた。
医者になったら親父の病院をくれてやる。そう言われたんだ。悪くない話だとおもったね。それにあんたが医者になる気がないのなら、後継ぎがなくて病院だって困るんじゃないの? あんたよりはおれの方がよっぽど見込みあるってさ。
病院の都合も親父の思惑も関係ないだろう。そう知明は言った。もしおまえが医師の仕事そのものに興味が持てなければ、そんなものしょい込んでも重荷になるだけだぞ。
そのいきさつを聞いた真由子は、思わず蓮村に顔を寄せてささやいた。あれよね、善意の無神経とかいうやつ。悪気がない分よけいにしまつに負えないのよね。言われて蓮村も頷く。ああ。桜井ちゃんの図太いのは昔から無神経すれすれだったからな。
ああいったとんでもなく強引なお母さんを持つと、少々のことでは応えないような鋼鉄の無神経に鍛え上げられるか、逆に琴子ちゃんみたいに気が優しくて繊細な子に育っちゃうか、どちらにしても極端なことになるしかないのかしらねえ。
鋼鉄の無神経、という真由子の言葉がツボにはまったらしく、梅宮は身を折って笑い出す。
その場にいない共通の知人の悪口というのは意外に盛り上がるものだ。それが悪意や軽蔑からではなく、親愛の情の裏返しであるものならば、場の雰囲気が悪くなることもない。普段から無駄に態度がでかいやつだとか、なんでああいきなり断定的な調子で結論を口にするのだろうとか、実は空気の読めないやつなんじゃないかとか、真由子と蓮村で散々言い合うのを聞いていた梅宮が、ふとつぶやいた。
桜井さんときたら、あれだけクセのある性格のくせに、友達にも彼女にも恵まれてていいですよね。なんていうか、うらやましいですよ。
めずらしく棘のない、さらりとした口調だった。
なんですって?
彼女の話なんて聞いてないぞ。
そう顔を見合わせる蓮村と真由子に、梅宮は言った。高校の頃、つきあってた人だって話ですよ。よりを戻すことになったそうです。といっても、彼女の両親が強固に反対しているそうで、一緒に暮らすまでにまだひと悶着ありそうだってことですけど。
真由子と蓮村は、もう一度顔を見合わせた。
そんな大事なことを、菊本やおれに言わずにいくか? 今度会ったら、締め上げてやる。