GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
でも、ま、普通言えないわよね。
真由子がそう言って首を振った。
自分の母親が、息子と別れろといって相手の家に乗り込むつもりだって。しかも、エンコーの現場を押さえた証拠写真があるって言って息巻いてるって。それを言うだけでも、間違いなく彼女にショックを与えてしまうもの。
「そっかぁ」
もう一度、琴子はそうつぶやく。
「知らなかったけど、お兄ちゃんも大変だったんだな」
ふんわりとした琴子の口調が妙にのんきに響いて、美奈子は苦笑した。
「他人事じゃないでしょ」
「うん」
「電話してみたら? 連絡先教えてもらったよ」
「お兄ちゃん、忙しいって言ってたんだよね?」
「ええ。でも琴のこと、心配してた」
「なんか実感ない。お兄ちゃんと、普段からあまり話とか、したことないし」
「うん。知ってる。けど、うちのお姉ちゃんも言ってたけど、年上の兄弟って、下の兄弟が考えているよりも案外弟や妹のこと、気にしてるものだって」
「そぉかなあ……」
腑に落ちない様子の琴子だったが、少し考えて口を開く。
「だったら、手紙でも書いてみようかな。電話してもあたし、お兄ちゃんとは何をどう話せばいいかわかんないし」
「手紙?」
押しの強い兄の前で萎縮してしまいがちな琴子が伸び伸びと対話するには、案外それはいい考えかもしれない。それに、パパやママのことを客観的に見つめなおすきっかけにもなる。
「うん。あたしは大丈夫だよって連絡する。頑張るし、美奈も相談に乗ってくれるからって。何かあったらあたし、真っ先に美奈に相談するからね。あっ……と、もちろん自分でちゃんと考えるようにも努力するよ。だから……」
ね、相談に乗ってくれるよね。そう問いかけてくる大きな瞳に向かって、美奈子は頷き返した。何があっても琴が話してくれさえしたら、一緒に考えていけるよ。一緒に考えていこう。
写真の話をしたあとで真由子は、梅宮に向かって言い添えていた。
念のため彼女の名誉のために言っておくけど、ホントはエンコーとかじゃなくて、元カレと会ってただけだったのよ。桜井くんとつきあい始めた頃は、まだはっきりとは元カレと切れてなかったっていうのがその写真の状況だったらしいの。ま、それはそれで桜井のおばさんが騒ぎそうな問題だって言えば言えないこともないけどね。