10回目のキスの仕方
* * *

『もうまもなく、閉館のお時間です。』

 閉館のアナウンスなんて、生まれて初めて聞いた。美海の心はさっぱりまとまっていない。まとまらないまま、図書館の出口に立っていた。圭介はまだ来ていない。

(…これじゃ、あんまりまとまってなさすぎる…。)

 あまりに申し訳ない気がしてきた。本題とはずれたことでこんなにも気持ちが揺さぶられていることに不甲斐なさも感じる。

「松下さん、ごめん。」
「浅井…さん…。」
「…どうしたの?」
「ごめんなさい…私、本当に…何も…まとまらなくて…。だから…言えることが何も…。」
「…うん。じゃあ、そのままでいいから。」
「え…?」

 美海はゆっくり顔を上げた。圭介と視線が合い、心の奥がほっとする。

「帰ろう。家で話聞くよ。」
「…はい…。」

 こんなに面倒な自分を、圭介がまだ好きでいてくれているのだろうかと不安になる。好きだと言ってくれたことは、夢か幻だったのではないかとまで思えてくる。それほどまでに自分はこんなにもだめで、圭介は自分の何歩も先を歩いているような気がしてならない。
 帰り道は日差しが弱まっていたこともあって、少し早く感じられた。アパートの駐輪場に自転車を置き、圭介は美海の方を向いた。

「俺の部屋でも、松下さんの部屋でもどちらでもいいよ。松下さんがリラックスできるほう…って言ったら松下さんの部屋、かな。」
「…浅井さん。」
「なに?」
「…言いたくないって仰っていた理由、やっぱり教えていただくことは…できませんか?」
「え…?」

 やっぱりそこが気になって進めない。そう思って美海は口を開いた。すると、圭介は頭を抱えた。

「…そこが、気になってたから落ち込んでたの?」
「…落ち込んでいるように見えました、か?」
「うん。」
「…浅井さんにそう見えたのなら、そうなのかもしれません。…それが気になって…。」
「…ごめん。言葉、足りなくて。俺も必死だった。」
「必死?」

 そんな風には見えなかった。少なくとも美海には。

「…ちょっと待って。少し考えまとめたら、部屋行く。」

 そう言い残して、圭介は逃げるように美海に背を向けて自分の部屋に戻っていった。こんな圭介を見るのは初めてで、美海の心拍数が上がった。

(…もしかして、また傷つけるようなことを…?)
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