10回目のキスの仕方
* * *

 美海が鞄を下ろしてしばらくすると、部屋のドアがノックされた。ドアを開けると、少し頬が赤い圭介がいた。

「…お邪魔します。」
「ど、どうぞ!」

 靴を整えてから部屋に入る圭介は、どこに腰を下ろしたものかと視線を彷徨わせていた。美海はクッションを用意した。

「あの、こちらに。」
「ありがとう。」

 美海は麦茶を用意するとテーブルに置いた。そして圭介の向かいに座った。しばらくの沈黙。破ったのは珍しく美海だった。

「…あの…。」
「うん?」
「あの…私、また傷つけるようなことを…言ってしまいましたか?」
「え?あ、…違う。傷ついてなんかない。ただ、何て言おうかって…考えてた。」

 圭介が少し俯いた。こんなことは本当に珍しい。

「…そのまま、言ってもいい?」
「は、はいっ!もちろんです。」

 はぁと小さく息をはく音が聞こえた。圭介は意を決したように口を開く。

「…単純に、嬉しかったから。」
「え…?」

 美海は首を少しだけ傾げた。

「同じタイミングで同じように思ったことが。それに…松下さんが…かわい…かったし。」
「へっ…?」

 圭介の耳が赤い。美海は顔全てが赤いように思える。熱い。たった一言で、こんなに熱い。

「…でも、あの時はごめん。言いたくない、んじゃなくて…言えなかった。こんなにストレートに言うのがあの場では無理だったし、冷静さ保つので必死だった。…でも、落ちた松下さんの肩見て…言い方間違えたなってのは…わかった。」

 『だから、ごめん。』と小さく落ちた言葉。圭介の頬が赤い。

「…ごめんなさい、なら…私の方がたくさん…ごめんなさい…です。」

 きっともっと、自分がさっき味わったような気持ちを相手にさせている。それが痛いくらいにわかったから。

「浅井さんにこんな気持ちを味わわせていたのだと思ったら、…今のごめんなさいじゃ足りないです。いつもいつも迷惑を掛けてごめんなさい。…あの時、気持ちに応えられないって…私、言ったのに…その言葉で十分すぎるくらい傷つけたのに…それでも…浅井さんは私の気持ちを優先してくれた…。だから…。」

 たくさんのごめんなさいの代わりに、一番伝えたいことを。

「…ありがとうございます。色々考えたけど、浅井さんにはごめんなさいよりありがとう…を、最初に伝えなきゃって。」

 泣きそうになるのをぐっと堪えて、美海は圭介の目を見つめてそう言った。
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