10回目のキスの仕方
「…ものすごく嫌ならもちろん行かなくていいんだけど、でも…そこまで嫌じゃないなら来てくれると嬉しい。」
「え…?」

 圭介にそんな風に言われるのはおそらく生まれて初めてだと思う。圭介が『嬉しい』のならば、嬉しくなることをしてあげたいと思う反面、手放しで行くと即答できない。

「…嫌では…ないんです…。」

 美海は少し視線を下げた。圭介は待ってくれる。だからこそ、心を落ち着けて整理しながら話すことができる。圭介の手が美海の手をそっと包んだ。その温かさに励まされて、美海は口を開いた。

「…小春さんと話、もっとしてみたいですし、…あの、圭介くんの家族のことも…知りたいって思います。でも…。」
「でも?」
「…ちゃんと圭介くんに気持ちを返せていないのに、…こんな私が…ご家族にこれ以上会ってもいいのかなって…。」
「…真面目だな、美海は。」

 手から離れた大きな手が、美海の頭の上にポンと乗った。顔を上げると圭介は優しく微笑んでいる。

「そこを急ぐ気、ないよ。それにうちの両親も兄妹も不真面目な人間だから、何も気にしない。ただ単純に俺が可愛い子連れてきたってだけで大騒ぎ。多分もうすでに春姉から連絡いってると思うし。」
「そ、そうなんですか!?」
「さっきも言ったけど、春姉は本当に美海を好きみたい。朝起きたら美海はまだかって連絡来てた。」

 圭介がそう口にした瞬間、圭介のスマートフォンが震えた。

「…噂をすれば、だ。」

 圭介は通話をタップした。スピーカーもついでにタップすると、電話の相手の声が聞こえてきた。

『圭ちゃん、いつ帰ってくるの!?可愛い彼女がいるって聞いたんだけど。』
『圭介、早く紹介しなさい!お母さん、待ってますからね。』
『父さんも久しぶりにお洒落して待ってるからな。』
『おー圭介、彼女できたんだって?小春から聞いたー。』
「一気に喋らないで。美海がびっくりしてる。」
『えー今一緒なの!?』
「…日和、うるさい。」

 電話越しの声がくるくると変わる。浅井家でもはや美海は有名人だ。

『美海ちゃん、と言ったかな。美海ちゃん、待ってるよ。』
「美海はフリーズ状態。一気に喋るから。」
『えぇごめんなさい。でも私も待ってるからね。お着替えだけ持ってきてくれれば他は何もいらないわよ。あ、交通費は亮介が出してくれるって。』
『亮ちゃん太っ腹~!』
「ちなみに父親、母親、兄の亮介、妹の日和。」

 美海は目を丸くするほかない。
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