10回目のキスの仕方

ようこそ浅井家へ

* * *

「おはようございます。」
「…おはよう。」
「寝不足、ですか?」
「読み始めたら止まらなくて。」
「クマができてますね。珍しいです。」

 8月最終週の火曜日。今日から3泊4日で浅井家に行くことになった。現在時刻、8時半。まだ比較的涼しい方である。

「圭介くん、荷物それだけですか?」
「え、だって実家だし。」

 圭介はいつも大学に持っていっているリュックだけだった。美海はといえば圭介のリュックよりも一回り大きめのボストンバックだ。特に無駄なものを入れたつもりはないのに、ボストンバックはパンパンになってしまった。

「だから持てる。貸して。」
「だ、だめですよ!これは私の荷物ですし!」
「なんでそこ、意地になるの。」
「だ、だってこれ、重いんです。」
「美海の動き見てればわかる。だから持てるって。」
「だーめーでーすー!」
「…わかった。こんなところで喧嘩したくないし。でも、辛そうだなって次に俺が思ったら貸してもらう。」

 だめとは言わせない、とは言わないけれど、目は確実にそう言っている。美海は仕方なく頷いた。

「…わかり…ました。」
「行こう。」
「はいっ!」

 ドクンとやけにうるさく鳴る胸に手をあてる。緊張しないといえば嘘になる。昨日だってあまりよく眠れなかった。それでも、傍にいてくれることに安心できるから、頑張りたいとも思う。

「…私…大丈夫ですか?」
「何が?」
「…顔とか、変じゃないですか?」
「変って何?」

 圭介は小さく吹き出した。美海は頬に手をあてた。夏の日差しのせいではなく、熱い。

「…ふ、不安なんですよ…自分で行くって決めたけど…変なことしないかなって…。」
「変なことしたら、俺の100倍くらい笑ってくれるような家族だよ。大丈夫。」
「それって変な子って思われちゃうじゃないですか…。」
「心配しすぎ。美海は大丈夫。ほら、乗り遅れる。」
「い、急ぎましょう!」
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