10回目のキスの仕方
* * *

「悪化した。」

 美海の目から零れ落ちる涙は止まる気配がない。困り果てて圭介は頭をもう一度掻く。

(…一体どうしたら…。)

「…だって…安心したんですよ…。」
「…安心、した?」
「心配…だったから…。」

 あまりに意外な言葉が落ちてきて、圭介は目を丸くした。『心配する』のはいつも自分の役目だったはずだ。できないこともできると言って、どんなに辛くても人に頼るということをしない。そんな美海を心配していた。その彼女が自分を心配するなんて。

「…すごく。」

 潤んだ瞳をそのままに、真っ直ぐに美海はそう言った。正直、圭介は面食らってしまった。だからこそ、子供のように言い訳じみた言い方になってしまう。

「ごめん…。俺もまさか落ちるとは思わなかったし。あと、こんな大袈裟なことになるなんて思ってなかったし。」
「…大丈夫、ですか?」
「うん。痛いけど、命に別状はないよ。」
「…いなく、なりませんか?」

 少しだけ、わかったような気がした。今の美海の言葉が、すべてのような気がした。気がした、ではない。わかったのかもしれない。自分の家族と話しているときに時折落ちる表情。彼女は、美海は、怖がっている。

「…ならない。」

 真っ直ぐ見つめ返して、圭介はそう口にした。美海の瞬きで、両目から涙が零れ落ちる。そっと肩に触れて少しだけそのまま抱き寄せると、美海は何の抵抗もせずに圭介の胸に大人しく収まった。

「…それが、怖いもの?」
「え…?」
「美海が怖がってるように、見えたから。」
「っ…。」

 一瞬身体を強張らせたが、ゆっくりと美海の身体から力が抜けていくのを感じる。呼吸が次第に整ってきた。

「こんな怪我くらいで死んだりしないよ。」
「…それは、わかってる…んです。」

 美海の方からすりよってくるなんて、本当に何かが起きているとしか思えない。肩を抱く手に少し力を入れると、美海の香りが強くなった。

「なのに…圭介くんがいなくなっちゃったらって思ったら…怖くて…。」

 いなくなることが怖いのは、いたときの幸せを知っているからだと圭介は思う。何を失ったのかは知らない。でも今は、自分を失うことをこんなにも恐れている。それを素直に捉えるとするならば。

「ちゃんといるよ。大丈夫。」

 こんな言葉ですぐに美海の気持ちが落ち着くとは思っていない。それでも何度も繰り返した。

(…一人だって思ってるから寂しいのか? )
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