10回目のキスの仕方
* * *

 そっと美海の目元の涙を拭い、頬に触れた。頬に触れた瞬間に、美海が小さく震えるのを感じた。一人でどうにか頑張ろうとしている美海の力になりたいのに、上手く言葉を続けられない。

「…圭介くんは…優しすぎる。」
「それは、多分違う。」
「違わ…ない。」

 敬語ではない美海は初めてだった。あまりにもするりと落ちた敬語に、ああ、これが彼女の本心だったのかと思える。

「じゃあ、100歩譲って優しかったとして、でもそれは万人に対してじゃない。優しくしたくない人にまで優しくできるほど、俺は器用じゃない。」
「…特別だからって…勘違いしちゃう…私…。」

 そこは積極的に勘違いをしてほしいところだが、やけに慎重なのが美海だということはもう痛いくらいにわかっている。

「…そこは、勘違いじゃないし、本音を言えば…傍にいたいで充分ってのも嘘かもしれない。」
「嘘…?」

 傍にいたいと言ってくれること自体は嬉しい。ただ、急ぐ気はなくとも欲しい言葉はある。

「傍にいたい理由を、言葉で欲しいって今言う俺は、美海に優しくない。」
「…確かに…優しくない…。でも、それをきちんと伝えようって思ったんです。」

 敬語が混じってきた。思考と感情がごちゃごちゃしていて混乱しているのだろう。それでも美海がゆっくりと視線を合わせてくる。

「圭介くん。」
「…うん。」

 美海の目が一瞬泳いだ。だがすぐに圭介の視線に合わせ、すうっと息を吸った。

「…す、き…です。私…あの、ちゃんと…多分ずっと…圭介くんのこと、好き…です。」

 つっかえつっかえ、何とか言葉を言い終える頃には美海の頬も耳も真っ赤になっていた。視線は下がり、身体は震えていた。その身体をゆっくりと引き寄せる。自分の腕の中に収まっても、美海の身体の震えは収まらない。何かを大切に想う気持ちを表に出すことに恐怖を感じていた美海が、こうして気持ちを言葉にするためにどれほど勇気を使ったのかと思うと、心配で心配でたまらなくなる。嬉しい気持ちもあるが、それと同じくらいにどうにかしてこの震えを止めてあげたいと思う気持ちもある。

「…あれ…震えが…止まらない…なんで…。」

 腕の中で、美海の混乱する声が聞こえる。美海を抱く腕にぐっと力を込めた。

「…怖いんだよ。多分。美海はまだ怖いんだって。何となく、そう思う。」
「…信じてないわけじゃ…ないんです、本当に。」
「疑ってない。美海の気持ちも、自分の気持ちも。」

 本心だ。
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