10回目のキスの仕方
* * *

「お世話になりました。」
「もう帰っちゃうのね~…。おばさん寂しい。」
「俺が明日からバイトだから。」
「美海ちゃんだけ残っていってもいいのよ?」
「えっとそれは…。」
「美海だけ残すはずないだろ。もう帰ろう。」
「あー美海ちゃん美海ちゃん!」

 圭介の母親が美海の両手をきゅっと握った。そしてにっこりと笑った。

「美海ちゃんはうちの娘みたいなものだからね。またいつでも遊びにいらっしゃい。」

 温かい言葉に、美海の両目にはみるみるうちに涙がたまり、瞬きをすると涙が落ちた。

「ありがとう…ございます…。」

 母親の温かさは、もしかするとこんなものなのかもしれない。そう思うと余計に涙が出た。悲しくてではもちろんない。温もりが優しくて、嬉しい。

「…また、遊びに来たいです。」
「待ってるわね。」

 ゆっくりと手が離れた。後ろは振り返らない。圭介の左手がそっと美海の頭の上に乗った。

「…美海が来たくなったら言って。いつでも来よう。」
「…ありがとう、ございます。」

 圭介の父は仕事でもういない。帰りは駅までバスとなった。圭介の隣に座り、荷物を膝に抱いた。やはり、寂しい。少しだけ、ではきっとない。

「…泣かない泣かない。また会えるし。」
「わかってる…んですけど…。」
「…どんだけ泣いたんだろう、たった3泊4日で。」
「…泣きやすい…わけじゃないんですけど…。」
「いいんじゃない?素直な気持ちを表情に出せてるってことは。」

 そんな風に言われると、少しだけほっとする。泣くのを我慢しなくてもいい。涙を受け止めてくれる人がいることは、当たり前のことではないから。

「…俺は、色んなことに鋭くない、から。…だから、泣いたり怒ったり、笑ったりしてくれる方がいい。わかりやすいし、気付ける。」
「…私も、気付きたいです。圭介くんの気持ちに。」
「…それは、俺にも表情豊かにしろってこと?美海みたいに泣けないよ。」
「…じゃあ、笑ってください。嬉しい時は、笑って。」

 涙を堪えて、美海は笑ってみせる。それに合わせるように、圭介がぎこちなく笑顔を浮かべる。

「…笑顔、苦手。」
「…そんな感じ、です。」
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