10回目のキスの仕方
* * *

 9月になっても日差しは厳しく、夏はまだ終わっていなかった。シフト表を確認すると、5時から玲菜が入っている。美海とバイト終わりの時間は同じだ。

「玲菜…さんに…ちゃんと言わないと。」

 好きにならないと言ったはずだった。それは戒めのようにずっと心の片隅に置いておいた。あの時も嘘をつくつもりはなかったし、圭介の方が自分に対して好意を向けてくれるはずもないだろうと思っていた。しかし、こうなった以上はきっちりと言わなくてはならない。

「…頑張ろう。」

 一つ一つ、逃げずにきちんとやっていきたい。そんな風に思えるようになったのは圭介のおかげでもあり、浅井家のみんなのおかげでもあると思う。少しだけ大きく息を吸って、美海は店頭へと出た。

「美海ちゃん久しぶり!」
「お久しぶりです、店長。」

 圭介の実家に行ってから、美海も何度かバイトに来ていたが、店長とシフトが被っていなかった。1週間半ぶりに顔を合わせると、確かに久しぶりという感じがしてしまう。

「彼氏の実家に行ってたんだって?」
「な、な…そ、それ…なんで…。」
「慌てすぎ慌てすぎ。玲菜ちゃんがそう言ってたから。」
「玲菜さんが…?」

 玲菜は知っている、ということがここで判明してしまった。出鼻をくじかれて、美海の心拍数がぐっと上がる。

「彼氏になった経緯も聞きたいところだけど、美海ちゃんの顔から察するにそれどころじゃないって感じ?」

 美海は頷くことも首を横に振ることもできずにいた。頭の中がぐるぐるする。

「深く考え込まなく大丈夫だって。玲菜ちゃん、そんなにヤワじゃないし。」
「…あっさり、話していたんですか?」
「んー、まぁ…あっさりって言えばあっさりかな。さて、すでに泣きそうになっている美海ちゃんには新しいお仕事をあげよう。まずは児童書の片付けから。」
「は、はいっ!」

 山積みになっていた新刊の単行本にぶつかり、それを盛大に散らかすというミスから始まり、美海の心は不安で一杯だった。そんな美海の姿を見て、福島は堪え切れずに笑っていた。
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