10回目のキスの仕方
「お疲れ様。」
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様でしたーっ!」

 バイト終了の時刻になり、気まずさを抱えたまま、美海は控室に入った。ほんのすぐ後に玲菜が入ってきて、パタンとドアは閉まった。美海はエプロンを脱ぎロッカーに掛けた。その瞬間、玲菜が沈黙を破った。

「圭ちゃんと付き合い始めたって、…聞いた。」
「っ…は、い…。ごめん…なさい…。」
「あ、謝んないでよ!あんた、悪いことしたわけ?」
「悪い…こと…。」

 圭介を想う気持ちは悪ではない。圭介が自分に気持ちを伝えてくれたことも、圭介に気持ちを伝えたことも悪ではない。ならば…

「悪いことは…して、いません。」
「だったら謝るな!余計に惨めになる!」

 玲菜は泣いていた。唇を強く噛んで、余計な声が漏れてしまわないようにぐっと我慢していた。

「邪魔、もう…しない。圭ちゃんに幸せになってほしいって…思うもん。」
「玲菜…さん…。」

 自分じゃ役不足かもしれないなんて不安を玲菜の前で口にすることはできない。それは、玲菜の純粋な想いに対してあまりにも失礼だ。

「…帰る!」
「あ、玲菜さん!」

 玲菜は美海に背を向けたまま、ぴたりと足を止めた。

「…玲菜さんに嘘を吐きました、私。好きになることはないって…言いました。あの時はそれが本心だったけど、でも…結果としては嘘になりました。だから…それは本当にごめんなさい。」
「……。」

 玲菜は何も言わずに黙っている。

「えっと…それと、大事なことに気付かせてくれて、…ありがとうございます。」
「…意味わかんない。」
「…悪いことじゃない、ですね。誰かを想うことは。それすら謝ろうとしていた私は、それこそ玲菜さんも圭介くんも傷つける。それに気付かせてくれて…ありがとうございます。」

 美海は深く頭を下げた。玲菜はドアを開けた。

「…ほんとに意味わかんないし、松下美海。もう帰る。」

 バタンと大きな音がした。美海はふぅっと大きく息をはいた。
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