10回目のキスの仕方
 はしゃぎすぎたせいもあるのか、帰りの電車の中は眠かった。瞼が重く、落ちてくる。そんな美海の様子を見た圭介はそっと美海の肩を抱いた。幸い人はほとんど乗っていない。

「眠い?寝ていいよ。どうせ終点だから。」
「大丈夫…です…。」
「無理しなくていいよ。ちゃんと起こすし、連れて帰るから。」
「だ…大丈夫ですって…。眠く、ありません。」
「いいから寝る。」
「うわ!」

 さっきまで美海の肩を抱いていた圭介の大きな手が美海の目の上に回った。視界が真っ暗になる。

「はい、おやすみ。」
「こんなことされたら本当に寝ちゃいます…。」
「だから寝ていいって。」
「初めてのデート…なのに、寝ちゃうとか…。」
「…なるほど。そこが気になってたか。」
「え?」
「…じゃあ、代案。美海が眠くなくなったらデート延長戦。だから早く寝て、元気になって。」
「延長戦…ですか?」
「うん。だから今は寝て。」

 魔法のようにじんわりと染み渡る圭介の低い声。その囁きに瞼は抗えなかった。


* * *

 すぅっと力が抜けた身体が自分の方にもたれかかってくる。あどけない寝顔を浮かべた彼女の唇をそっとなぞった。きっと起きているときにこんなことをすれば、身体を強張らせるだろう。
 唇までのハードルは高かった。それこそ彼女との出会いを思い出す。彼女は泣いていた。ファーストキスを奪われたことを。あれはキスとは呼べないものだったはずだけれども。(もちろんそう思いたい願望も入っていることは否定できない。)

「はぁ…難しい。」

 攻めていけばそれでほだされてくれるような人じゃない。ようやく少しずつ開いた扉を閉じさせることだけはしたくない。そう思えば臆病になり、臆病になった自分にげんなりする。
 しかし延長戦を言い出したのは自分だった。延長戦の間に、少しだけ、彼女との距離を縮めたい。そう思って、しばらくは彼女の寝顔を見つめることにした。
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