10回目のキスの仕方
 駅から家までの道はやや寝ぼけているのもあって、少し足元がふらついた。そのたびに圭介に少し心配をかけてしまったけれど、それでもようやく家にたどり着いた。そういえば、美海が目を閉じる前に言っていた、デート延長戦の話はどうなったのだろう。そんなことを考えているうちに、いつの間にか美海の家の前に到着していた。

「あ、…あの…圭介くん。今日はありがとうございました。」
「ん、こちらこそ。」
「あ…あがって、いきますか?今、玄関片付け…。」

 鍵を開けて玄関先を少しだけ片付けようとしたその時、圭介が狭い玄関に入ってきた。ドアがバタンと閉まった。

「圭介…くん?」

 ぎゅっと抱きしめられると心拍数がぐっと上がる。ドクンドクンとうるさい心臓の音が、このままでは圭介に伝わってしまう。
 ゆっくりと力が抜けた圭介の腕。美海はそれを感じて、圭介の顔を見上げた。
 
 そっとおでこに触れた、圭介の髪。視界が圭介だけでいっぱいになる。唇の感覚への理解は遅れてやってきた。それこそ、唇が離れる甘い音がしてから。
 頬が熱くなる。電気をつけていないからよくは見えないけど、圭介も多分熱い。

 自分の頬に圭介の手が触れた。手を繋いでいたときよりも熱く感じるのは自分の頬が熱いからなのか、圭介が熱いからなのかはわからない。薄暗い視界に慣れてきて、圭介の瞳はぼんやりとわかる。圭介が息を吸う音が妙に心拍数を早めた。

「…ごめん。でも、許して。限界。」

 あまりにも短い言葉。謝られて、許しを請われて。そもそも怒ってなどいないから、許せもしない。

「…怒って…ません。だから…許すとかも…ない、んですけど…。」
「怒ってない?」
「あの…びっくりは…してるんですけど…。」
「嫌じゃ…なかった?」
「…えっと、嫌じゃ…ない、です。」

 嫌ではなかった。むしろ、恥ずかしくて言えないが少し気持ち良いとも感じていた。絶対に言えない…けれど。

「じゃあ…もう1回。」

 ゆっくりと近付いてくる熱に目を閉じた。触れた唇の感覚が、味のように広がっていく。
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