10回目のキスの仕方
 甘ったるい空気が玄関内に充満する。少し気恥ずかしくて目を逸らすと、頭上から視線を感じた。顔を上げると、もう一つの顔がゆっくり近付いてきた。

「…我慢してたのが馬鹿みたいだ。」

 ふわりと香る圭介の匂いに目を瞑ると、もう一度唇は重なった。

「ん…。」

 恥ずかしくないと言えば嘘になる。顔は熱いし、身体がふわふわしている。自分のものとは思えない声が漏れて、それに余計に恥ずかしくなって耳まで熱くなった。

「あー…だめかも。」
「え…?」

 唇がぎりぎり触れない距離で、かすれた圭介の声が囁く。色気を含んだその声色に背筋がぞくっとした。

「結構隙がないかなって思ってたけど、案外そんなこともなかった。」
「えっ…んっ…!」

 再び重なる唇。重なるたびに少しずつ深さが増すような、そんな感覚が身体を支配していく。呼吸が少し、きつくなってきた。唇が離れると、やっと息が吸えて、上がりかけた呼吸が落ち着いてくる。

「…ごめん、やめる。」

 いつの間にか涙が込み上げていたようで、圭介の顔が少し滲んで見える。涙が零れ落ちて、それが圭介の手に当たった。

「…え、泣いてる?」
「ち…違います!悲しくてとかそうじゃなくて…。ちょっと苦しくて…はい。」
「ごめん。やりすぎた。」
「い…いえ…むしろ…私の方がごめんなさい。」
「なんで?」
「…いっぱい…我慢というか…気をつかわせてたんだなって…思いました…。」

 唇から伝わる熱量に、圭介の想いを知る。大事にされていることはずっと、ちゃんとわかっていた。我慢してくれていたのはきっと、自分を大切に想ってくれていたからだ。

「だから…ちゃんと嬉しいです。えっともちろん…恥ずかしい気持ちもありますけど…でも、やっぱり嬉しい、です。」

 暗闇で良かった。暗闇でなければきっと、こんなことは言えなかった。

「…頼むからそれ以上何も言わないで。一応我慢は続いてるから。」
「は、はいっ!」

 美海は素直に返事をした。
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