10回目のキスの仕方
「何を選んでくれるんだろう…。」

 そんなことを口にすると自然と頬が緩んだ。こんな姿を明季に見られたら多分ヘンな顔をされてしまうだろう。(実際、デートの話をしろと言われてしたら5分もたたないうちにもういいと言われたこともある。)
 壁に背をもたれて少し遠くを見つめていると、不意に美海の視界に、泣きじゃくる女の子が飛び込んできた。

「おかあさぁん!ひっく…うわー…!」

 その姿に身体が一瞬竦んだ。道徳的に助けてあげなくてはならないのは一目瞭然だった。それなのに動けない。あの子に触れてしまえば、より鮮明に蘇ってしまいそうな気がしたからだった。
 置いてきたはずの人。もしかすると逆かもしれない。置いていかれたのは、自分。

「…美海?」
「圭介…くん…。」
「顔色悪い…けど、具合悪い?」
「うわぁあん!」

 突然大きな声で泣き出した子に圭介が気付く。

「迷子、か。ちょっと待ってて。」
「っ…。」

 咄嗟に掴んだ圭介のシャツの裾。それに振り返ってくれた圭介の顔は上手く見れない。

「…ん。」

 そっと握られた手に引かれて、泣き叫ぶ声に近付いていく。

「迷子?」
「わぁん!ひっく…!」
「おいで。」

 差し出された手を掴んだその子がまるで自分のように見えて息苦しくなる。あの時の自分が掴んだ手は、圭介ではなかったけれど。

「美海も。」

 足取りの重い自分の手を引きながら、女の子をそっと抱き上げる。慣れた手つきに安心したのか、腕の中の女の子の涙が次第に止まっていく。

「…名前は?」
「あこ…。」
「いくつ?」
「5…さい。」
「うん。それだけ分かればもう大丈夫。帰れるよ。」

 顔を上げることはできなくても、圭介が優しい顔をしているのはわかる。声が優しい。

「…おねえ…ちゃん?」
「っ…。」

 身体がびくついた。その子には何の罪もない。ただ、顔が上げられない。覚えていることをより鮮明に思い出したくないがために、目を逸らす。

「すみません。この子、迷子のようなんですが。」
「あっ…わざわざ申し訳ありません。ありがとうございます。」
「名前はあこで、5歳だそうです。あの向かいの眼鏡売ってる店よりも少し奥の方で泣いていたんですが、保護者らしき人は近くにいなくて、とても泣いていたので。」
「ありがとうございます。館内放送をかけますので。本当にありがとうございました。」
「いえ。」

 きゅっと強く握られた手。『今度は美海の番だ』と言ってくれているように優しいその手がまた美海を引く。
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