10回目のキスの仕方
 返却手続きが終わり、本の検索をする前に児童書のコーナーを一周する。美海は児童書が好きだ。子どもの頃に読んだ絵本を手に取ってペラペラとめくるのが好きで、時間のあるときには1時間ほど児童書のコーナーにいることもある。今日もまた、昔の記憶を辿りながら、懐かしい本に手を伸ばす。

(…この話、好きだったなぁ。挿絵、可愛かったし。)

 めくるたびに蘇る、小さい頃の気持ち。美海の場合は、今読んでも昔の気持ちと大差はない。小さい頃に泣いたものは今も切ない気持ちになるし、笑ったもの、好きだったものは今も変わらない。読んでいてつい笑顔になってしまう。そんなことを思いながら一冊を読み終えて、本棚に戻した時だった。

「…っ、浅井…さん?」

 ゆっくりと振り返ったのは、圭介だった。ジーンズに薄手のパーカーというラフな格好だ。

「松下さん。」

 そう言って、圭介はゆっくりと美海の方に歩み寄る。表情は少しも変わらない。

「久しぶり。」
「は、はいっ!えっと、あの時は本当に迷惑をお掛けして…。」
「いや、逆にお菓子までもらっちゃって、気をつかわせたなと。」
「それは…大丈夫です。」
「美味しかったよ、あれ。」
「え?」
「松下さんがくれたチョコ。今もバイトで疲れたときは食べてる。」
「っ…。」

 言葉に詰まる。頬が熱い。身体中が熱い。嬉しくて、身体中が熱くてたまらない。あれだけ心配していたのが馬鹿みたいだ。頭の中で何度も圭介の声がリピートされる。

「…今日は児童書を借りるんだ?」
「あ、えっと、そうじゃないんです。児童書、好きだから来てるだけで。」
「ふーん、そっか。俺もよく来る。」
「そう、なんですね。」

 ならばもっと前からすれ違っていたのかもしれないなんて軽率に思ってしまう脳は、確実に春めいている。再び本棚に戻った圭介の視線に、美海はほっとしたような、それでいて複雑な気持ちになった。
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