10回目のキスの仕方
 しばらくはお互いに無言のまま、児童書のコーナーを歩いた。美海の方は最初こそ圭介の動きを気にしていたが、気が付くといつも通りのペースで絵本を手にとっては眺めていた。

「百面相。」
「え?」

 不意に圭介が口を開いた。百面相とは自分のことだろうか。

「絵本をめくるたびに、子どもみたいに顔が変わる。」
「っ…そ、それって私の、…ことですよね?」

 圭介が無言のままに頷く。微かに口元が笑っているような気がする。
 美海の頬が熱くなる。笑われているということもそうだが、ただでさえやや童顔の部類に入る顔だ。歳をとっていく以上、子どもっぽさからは卒業していきたい。それなのに、子どもっぽい部分を圭介に指摘されて、この上なく恥ずかしい。恥ずかしさで蒸発してしまいそうだ。

「…顔に出さないようにしないと。」
「どうして?」
「どうしてって…大学生にもなって絵本で表情変えてたら…子どもっぽいじゃないですか…。」
「いいんじゃない?そういう大学生がいたって。」

 圭介の一言にいちいち心が振れる。子どもみたいに顔が変わると指摘されて恥ずかしくなって、それでもいいと言われて嬉しくなって。感情が忙しくて、多分表情だって忙しい。

「…松下、さん?」
「へっ?あ、えっと、ごめんなさい、私…。」
「ごめん?何が?」
「っ…な、なんでもないです!」

(今絶対変な人だと思われた…!表情が多分変だから、顔を見られたくなかっただけなのに!)


* * *


(松下さんとしては、気にしてることだったか。)

 だとすれば、傷つけていないか少し心配だ。だが、そんな心配は杞憂に終わった。

「あの…浅井さん。」
「なに?」

 その表情は少し頬を赤らめていたものの、あの日見た泣き顔とは程遠いものだった。それに圭介は少し安堵する。

「ずっと気になっていたんですけど、あの場にいたってことは浅井さんも文学部、ですか?」

 真剣でありながらも唐突に問われたそれに拍子抜けした。そういえば、所属を伝えてはいなかったかと思い返す。

「文学部、行動科学科2年。」
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