10回目のキスの仕方
「行動科学科、…でしたか。」
「うん。松下さんは?」
「私は人間文化科2年です。…講義で被ったりしているかもしれませんね。」
「あぁ、そっか。うちの大学的にはお隣さんみたいなものか。」
「はい。そうなりますね。」

 美海の心は少しずつ冷静さを取り戻していた。隣に並ぶ圭介の方を見ても、それほど顔が熱くはなくなった。

「ところで、今日は何を借りに?」
「あ、えっと、新しい作家さんを見つけて…。朝日奈馨さんという方なのですが…。」
「あぁ、俺もよく読んでる。」
「えっ?そうなんですか?」
「多分人気作家だから、図書館じゃ予約待ちだと思うけど。」
「えぇ!そんなに、ですか?」
「検索、かけてみたら?」
「はい。」

 児童書のコーナーにある検索機でも、全館の蔵書の検索ができる。美海は作家名のところに「アサヒナカオル」と入力した。画面に並んだ蔵書は全て貸し出し中であり、予約も全て1か月以上待ちになっていた。

「…浅井さんのおっしゃる通りです。」
「本によってはないけど、何冊かは持ってるから貸すよ。」
「えっ…えぇ!?」

 思いもよらぬ展開に、美海は図書館には不似合いな声をあげた。そのせいで周りにいた小さな子どもが美海の方を見た。

「ごっ…ごめんね、変な声を出しちゃって。」

 小さな声で子どもに謝ると、さっき落ち着いたはずの恥ずかしさがまた込み上げてくる。恐る恐る顔を上げると、圭介は特に表情を大きく変えることなく立っていた。

「俺はもう読み終わってるし、返すのいつでもいいし。」
「でもっ、そんな…悪いです!いつもいつも浅井さんにはご迷惑を…。」
「悪くないよ。今日はゆっくり図書館で本でも読んだら?俺もそうするし。」

 そう言うと、圭介は美海の隣からゆっくり離れ、話題の本、新刊の棚の方に行ってしまった。取り残された美海は児童書の棚をもう一度見て回ることにした。
 美海は3冊選んで、太陽が柔らかく差し込む先に座って本のページをめくり始める。するとその5分後くらいに、ぎぃと椅子が引かれる音がした。その音源は美海の座る、テーブルの左端の対局だ。そこには大きな写真集を眺め始めた圭介がいた。一瞬だけ目が合うと、圭介の口元が少しだけ緩んだ。たったそれだけで美海はまた直視できなくなってしまう。

 穏やかな春の日差しの中で、不思議な気持ちを抱えて本を読んだ。本の内容なんて、これっぽっちも覚えていない。
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