10回目のキスの仕方
* * *

 穏やかな夕食が終わり、空人を寝かしつけるために母は寝室にいて、圭介はというと風呂に入っていた。
 リビングには美海と父だけが取り残され、静かすぎる空気が流れていた。そんな空気に流れを作ったのは、父だった。

「大学は楽しんでいるようだね?」
「…え…?」
「一人暮らしがきちんとできているようで、安心したよ。圭介くんは、色んな事を話してくれた。」
「…最初、圭介くんがお父さんに電話をしてたってのを知ったときは…すごく、びっくり…した…。」
「うちでも大騒ぎだったよ。美海ちゃんに彼氏ができてたーって、母さんが大騒ぎ。」
「…は、恥ずかしい…。」
「でも、良い人に巡り合ったんだね。」

 静かな父の物言いに、またしても涙が出そうになる。こんな風に一対一できちんと話をするのは、一体何年ぶりなのだろう。

「圭介くんとは…どんな話をしたの?」
「一番最初が一番衝撃的だったかな。」
「衝撃的?」
「うん。…美海さんのことを好きですか、と問われた。」
「え…?」

 美海が目を丸くすると、父は目を細めて穏やかな笑みを浮かべた。

「実の娘を嫌いになるなんてことはあるのかなと、質問で返してしまったよ。」
「圭介くんは…なんて?」
「…大変失礼な質問でした、と。でも、それを聞いて安心したとも。」
「…全部…私の…ため…。」

 それを思って涙が出た。圭介の優しさが嬉しくて、涙が出る。

「そうじゃない、と言っていたよ、彼は。全て自分の独断であると。」
「…圭介くんならきっと、そう言う…気がする。」
「そうだね。今日一緒に食事をしていてそう思ったよ。彼はとてもよく美海のことを見ている。とても優しい眼差しで。」
「…そう。…いつも、そう。」
「だから、本当に巡り合ったんだなと思ったんだよ。」

 父の手が、美海の頭に触れた。優しく撫でられて、幼い頃を思い出す。ずっと、ずっと…長い間、きっと自分はこうしてもらいたかった。触れてほしかった。抱きしめてほしかった。自分を見てほしかった。

「今となってはもう言い訳でしかないけれど…傷つけたいわけじゃなかった。…そうじゃなかったんだよ。」

 トーンの落ちた声に、苦しそうな息。ようやく見えてくる、父の本音に美海は勇気を振り絞った。
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