10回目のキスの仕方
「…もう、どう触れていいのかわからなかった。情けない話だが、お前の苦しみよりも自分を苦しみからどう立ち直らせるのかばかり考えていた。」

 今ならわかる。100%理解できるわけではないけれど、きっと苦しかったのだろうということが、想像できる。

「再婚して、空人が生まれても美海、お前に対する愛情が減ったわけではもちろんないんだよ。ただ、距離を置かれている自分がどうやってお前に近付けば良いかわからなくなった。いつの間にか、触れられない場所にお前がいるように思えて…ならなかった。」
「…お父さんも、怖かったの?」

 自然に落ちた言葉。父の言葉を聞いていると、自分と同じように思えて仕方がなかった。

「…怖かったのかも、しれないね。これ以上、距離を置かれて嫌われてしまったら。…美海はあの人によく似ている。見た目が。だから思い出してしまう、と思ったよ。あの人に置いていかれたことを。」

 置いていかれたのは自分だけじゃない。父も同じだった。そして、それは父には父の、自分には自分の消えない傷を作っていた。

「…まぁ、美海が大学進学のために家を出たときは、それに似た気持ちになったわけだけど。」
「え…?」
「結局それ以降帰ってこなくて、それもまたそれで物悲しい気持ちにもなったし。」
「……ずっと、そんなこと…思ってたの?」

 目の前の父の笑みには見覚えがある。あの人がいなくなった日にも、こんな笑みを見た。無理をして笑っていると、父の目はこうなる。

「…情けない話だなぁ、本当に。大事だと思って大事にしたくて、…それこそ、一番大事にしたい人なのに思い通りにはいかない。こんなに年をとっても。…一番大事にしたい人に、一番辛い思いをさせてしまった。」

 すれ違っていた。たったそれだけのこと。そう思えた、初めての瞬間が訪れた。
 取り戻せないずれなんかじゃなかった。手を伸ばしていた。それぞれが違った方向に。だから、その手は繋がれることなくここまできてしまった。

「…ごめん、美海。お前は要らない子なんかじゃない。とても大切な、最愛の娘だよ。」

 ずっと欲しかった言葉。すれ違いの鎖は今断ち切れた。
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