10回目のキスの仕方
「返すの、いつでも良いよ。この前みたいに適当にかけておいて…って言おうと思ったけど、袋ないし…。やっぱちょっと待って…。」
「袋、私が用意しますからっ、大丈夫ですよ。本を貸していただけるだけで充分ありがたいです。」
「…うん。わかった。あ、でも今度はお返し的なもの、いらないよ?」
「えっ?」
「だって、相当悩んだでしょ、松下さん。」
「なっ…なんでそれを…。」
「口に合うかどうかを気にしている文面だったから。」
「っ…それはっ…!」

 美海は自分が書いたメモを思い出す。圭介のことを知らなすぎる自分はお返し一つで悩み、選んでも結局悩みは尽きなかった。ちゃんと貰ってくれただろうか、食べてくれただろうか、そして何より美味しく食べてもらえただろうかと気にしてしまうところはたくさんあった。だからと言って、何もお返しをしないで本だけ返すなんてことも美海はしたくなかった。ならば、どうするべきか。

「浅井さんの好きな食べ物、教えてください。」

 少し声が震えた。それでも言い切ることができた自分を少しだけ褒めたい。そんな気分だった。
 美海の目を真正面から見つめて、表情を少しだけ緩めて圭介は口を開いた。

「この前くれたチョコレート。」
「え?」
「松下さんがくれて、好きになった。」

 『好きになった』という言葉だけがやけに耳に響いてくる。頬が熱いのはわかっているけれど、今目を逸らしたくはないと思うからこそ、目を逸らさない。

「お返し、なくてもいいけど、もしどうしてもって言うなら、あのチョコで。」
「あれで、いいんですか?」
「あれがいい。」
「…わかりました。本、ありがとうございました!ゆっくり読ませてもらいたいと思います。」
「うん。じゃあ、また。」
「はい。」

 美海が圭介の部屋に背中を向けて少し経ってから、ドアの閉まる音がした。
 美海はゆっくりと深呼吸をして、今日のことを反芻する。今日の自分はよく頑張ったと本当に思う。(ただし、明季に話してもまだまだよと言われてしまいそうな気はする。)

「…じゃあ、また。」

 圭介が最後に口にした言葉を美海も口にする。また今度、があることが、どうしようもなく嬉しい。
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