10回目のキスの仕方
 時計の針を見やると12時半。3限が始まるまでに20分もある。右半身の緊張度は異常だ。

「あと1つ、講義被ってるんだけど。」
「え、そうなんですか?」
「あ、やっぱり松下さん、気付いてなかった。」

 そう言った圭介の口元が少しだけ笑った。圭介の数少ない微笑を見ると、美海は心の底からほっとする。緊張がほぐれていくような気がするからだ。

「え、なに?」
「え?」
「突然、笑ったから。」
「え、…っと、笑ってました、私?」
「うん。今、突然。」
「ご、ごめんなさい!浅井さんがおかしくてとかそういうことで笑ったんじゃないんです。えっと、…ほっとして、つい。」
「ほっと、した?」
「はい。えっと、あの…上手く言えないんですが、…浅井さんが笑うと、ほっとします。」
「…俺、笑ってた?」
「…ちょこっとだけ。」
「もしかして、怖い?」
「浅井さんがですか?」
「うん。」
「ど、どうしてそうなるんですか!浅井さんは怖くなんかないですよ!全然、怖くないです!」
「…松下さん、焦りすぎ。逆に怪しい。」
「あ、怪しいなんてそんな!私、嘘は言わないですよ!」
「うん。ごめん。焦る松下さんが面白かったから、からかった。」

 ははっと少しだけ声をあげて笑う圭介を、美海は生まれて初めて見た。だからだろうか、こんなにも心臓の鼓動がうるさいのは。

「松下さん?」
「っ…え、えっと、お話、す、進めてください。」
「あー、そっか。ごめん、逸らして。木曜4限も俺、取ってるよここの教授の授業。」
「そ、そうなんですか?知らなかったです。」
「うん。松下さんは気付いてないだろうって思ってた。」

 また小さく笑みがこぼれた。それに高鳴る心と、もっと前から気付かれていたことに頬の熱が高まってくる。顔が熱くて、思わず美海は頬に手をあてた。

「…松下さん?」
「…大丈夫、です。」

(…どこも大丈夫じゃない。全然、大丈夫じゃない!)
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