10回目のキスの仕方
「圭ちゃん、歩くの早いよー。」
「あぁ、悪い。」

 後ろを振り返ると、やや早足で歩く玲菜が少し息を切らしていた。

(…何を謝ってるんだ、自分は。)

 心の中でそう呟く。謝らなければならないのは玲菜に対してではなく、美海に対してである。ただ、何をどう謝ればよいのか。それが問題だ。

(…一瞬しか、見えなかったけど。でも多分…。)

 泣いていた。涙が落ちたように、少なくとも圭介には見えた。だから怯んだ。手を伸ばすことを躊躇ってしまった。もし手を伸ばして振り返った彼女が泣いていたら、どんな言葉も掛けれなかっただろうから。突然起こったことを処理する時間が、多分欲しかった。まるで言い訳を考える子どものような理屈だと、反芻すれば思えてしまう。

「…結局、大事にしてるのは自分ってことか。」
「え?」
「独り言。ところで玲菜、さっきの何?」
「何ってキスのこと?」
「うん。出来心?」
「…圭ちゃんは、あたしのだから。」
「…意味、わかんないんだけど。」

 前々から好きだ好きだと言われてきたのは確かだ。ただ、それを今まで一度もまともに取り合ったことはない。それなのに一足飛びにキスをされるなんて想定外だ。しかも彼女の前で、なんて。

「さっきの女の人に圭ちゃんはあたしのーってアピールしたかったの!」
「…面倒なことを。」
「圭ちゃん、あの人のことが好きなの?」
「…好き、…か。」

 玲菜に問われて、初めて考えた。好きか嫌いかで考えたら嫌いではもちろんないと思う。むしろ、好感がもてる部分は沢山ある。だが、だからといって恋愛的な意味で付き合いたい、彼女にしたいかと考えたらすぐには頷けない。ただ、一つだけ確実に言えるのは、『危なっかしくて心配になるときがある』ということだけだ。

「ねぇーどうなの?」
「どうって…これ、玲菜に答えなきゃいけない質問?」
「質問!だってあたし、圭ちゃんのこと好きなんだよ?」
「だから、…それ、多分勘違いだからっていつも言ってるよね?…ほら着いた。」

 チャイムを押すと玲菜の母親がかなりの形相で立っていた。

「玲菜!一体何時だと思ってるの!圭介くんにもこんなに迷惑かけて!」
「お、お母さんも圭ちゃんもバカっ!あたしは大まじめに好きなんだから!」
「ちょっと玲菜!?…もう、あの子は…。圭介くん、こんなに遅くにごめんなさいね。今度、お夕飯食べていってね?」
「いつもありがとうございます。失礼します。」

 圭介は小さく頭を下げてから、玲菜の家をあとにした。
< 37 / 234 >

この作品をシェア

pagetop