10回目のキスの仕方
 家に帰る道すがら、冷たい夜風を耳に受けながら考えを巡らせる。今、彼女はどうしているのだろうか。もう泣き止んでくれているだろうか、と自分に都合よく考えて頭を横に振った。

『っ…は、初めてのキス…が…知らない人…なんて…いや…だもん…。』

 そう言って泣いた彼女が不意に蘇る。あの姿を見て、彼女をとても純粋だと思った。そしてそれがとても羨ましいとも。

『でも、…上手に話せるようになりたいって、思ってます。浅井さんと…もっとちゃんと話せるように…なりたいって、思ってます。』

 真っ直ぐに響く、涙に混じった言葉。彼女の言葉は彼女の勇気の塊だ。それはこの言葉を聞いて思ったことだった。

「…純粋で、無垢で…ひたむきな松下さんには衝撃がでかすぎた、だろうな。」

 独り言が今日はやけに増える。頭で考えながら口に出して、何となくしっくりくるような気がしてきた。

「泣かせると、すごい罪悪感に襲われる…。」

 小さい子どもを泣かせてしまったような、そんな罪悪感。危なっかしくて、子どもっぽくて、…とそこまで考えて、自分が彼女についてほとんど何も知らないことに気付かされる。そういえば彼女も同じことを言っていたことにも。小さなメモに書かれていた彼女の素直な思い。相手のことを知らなければ、悩みは増えるばかりだ。

「そういや、携帯の番号もアドレスも知らないのか。」

 連絡を取る手段が直接会うか、メモを入れるかしかない。それは確かに単純で手っ取り早いものではあるけれど、精神的にはなかなかにハードルは高い。

「…会うのは、無理、かな。」

 会って言えたら一番良いのはわかっている。だけど言えない。
 自分の部屋のドアを開けて、近くにあったメモに手を伸ばす。少し悩んで、こう書いた。

『驚かせてごめん。落ち着いたらでいいから、ちゃんと話せると有難いです。』

 美海の部屋まで上がり、ドアのポストにそっと入れた。
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