10回目のキスの仕方
 入り口のドアに鍵をかけ、しんと静まった店内。小さく流れるBGMがはっきりと聞こえる。

「なぁに?喧嘩でもしたの?」

 『ちょっと深刻そうな顔、彼の方が少ししてたわよね』と一言付け加えられた。あまりに鋭い観察眼に、美海は白状しなくてはいけない気持ちになる。逃げられない予感もする。

「…喧嘩じゃなくて、私が勝手に気まずいだけで…。」
「そっかぁ。気まずい、かぁー。そういう感情、なんだか懐かしくなっちゃう。」

 少し楽しんでいるようにも見える福島の表情に『大人』を感じる。今年20歳になるというのに、自分にこんな余裕は欠片もない。

「じゃあ人生の先輩からのアドバイス。」
「は、はいっ!」
「気まずいこと、そのまま伝える。」
「え?」

 思わず大きな声が出た。そのまま伝えるなんていう選択肢はなかった。

「そ、そんなの無理です!そのままなんて。」
「下手にねー隠そうとするからこじれるの、人間関係なんて。気まずい時点で何かこじれてるんだから、その気まずいって思いすら隠しちゃったら余計にこじれるだけよ。だからね、気まずさをそのまま抱きかかえて、挑む。」
「…気まずさをそのまま、抱きかかえて…。」

 そんなこと、自分にできるだろうか。気まずいと伝えて、気を悪くしてしまわないだろうか。もう話してくれなくなってしまったら?それはあまりにも悲しすぎる。

「…それで挑んで…壊れてしまったら…どうしたらいいですか?」
「壊れたら直せばいいじゃない。時間と体力のある限り。それができるのが若者でしょう?」

 福島が親指を立てて笑った。

「さー早く行って、美海ちゃん!ほら早く!」
「え、あ、あの…て、店長!」

 ぐいぐいと控室の方に押されて、無理矢理ドアの向こうに押し込まれた。背中でドアの閉まる音がした。

「…時間と…体力は、ある。…うん。」

 美海はエプロンを脱いで、ロッカーに掛けた。羽織ってきたカーディガンに袖を通し、貴重品ロッカーを開けて小さい鞄を肩に掛ける。

「…が、頑張る。」

 従業員専用口から出る前に、美海は一人で手で拳を作り、気合を入れた。
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