10回目のキスの仕方
* * *

 午後4時半を少し過ぎた頃に、玄関のドアがノックされた。

「はい…。」
「浅井です。」
「あ、今、開けます。」

 ガチャリとドアを開けた。その先にいたのはマスクを着用した圭介だった。

「あ、そ、そうですね、マスク…!」
「買ってきた。」
「えっと、か、風邪うつっちゃいますし…浅井さん、私大丈夫ですよ、この通りです!」

 精一杯元気な顔を作ってみる。ただ、正直なところ、一生懸命片付けすぎて足はガクガクしているし、汗をかいたのかやや寒気もする。

「震えてるけど。」
「え…?」

 そっと、優しく美海の頬に触れた圭介の手が温かく感じられる。

「あ…ごめん。また…だ。」
「え…?」
「松下さんを驚かせるつもり、ないんだけど…。ごめん、手がつい。」
「あの…手…ですか?」
「勝手に触ってごめん。びっくりしたって顔、してる。」
「え、えぇ!?か、顔に出てましたか…す、すみません!」
「いや、松下さんが謝ることじゃない。それより、入っていい?」
「え…いや、あの…風邪がうつったら…。」
「マスクしてるし、大丈夫。俺の心配より、自分の心配した方がいいよ、松下さんは。」

 ポンと美海の頭の上に一度だけ乗った手。それにドクンと心臓が跳ねる。

「では、お邪魔します。」
「…っ、あの…。」
「うん。」
「本当に…いいんですか?」
「うん。むしろ、そんなに気、つかわなくていいよ。病気の時はちゃんと休んだ方がいいし、ちゃんと甘えた方がいい。」

 甘える相手はあなたで良いんですか、とは聞けない。顔が熱いのが熱のせいなのか何なのかよくわからない。よくわからないけれど、今一人じゃないという気持ちが、病気の時特有の心細さをなくしてくれる。

「…ありがとう、ございます。」
「どういたしまして。」

 マスクで圭介の口元は見えない。それでも、小さく笑っていることは、何となくわかる。わかることが嬉しい。
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