10回目のキスの仕方
 しばらくして圭介の笑いが収まり、美海は熱い頬を抑えながら口を開いた。

「あの…す、すみません。そんなに笑わせるつもりは…。」
「なんで松下さんが謝るの?俺が勝手に笑ったんだし。ごめん。顔が真っ赤だ。」

 改めてそう言われるとさらに熱く感じられるのだから困る。圭介の目は美海から離れない。

「で、ずれたけど本題。鍋とか流しの下にある?調味料とかいろいろ触ってもいい?」
「えっと…はい。鍋も調味料も流しの下の戸を開けたところに…。」
「わかった。じゃあ松下さんは早く寝て。ちょっと完成まで時間かかるから。」
「あの…はい。ありがとうございます。」
「うん。ついでにその赤いほっぺも…落ち着かせて。」

 頭の上に一回だけ乗った大きな手。それが少しだけ美海の髪を撫でて、その温もりが遠ざかる。遠ざかる温もりに目を閉じて、美海はゆっくりと意識を手放した。


* * *

(…だめだ。つい、手を…。)

 普段から何かをするときに物凄く悩む方ではないという自覚はある。ただ、美海に対しては慎重でなければならないという意識はあったはずだ。それなのに、美海の頭を混乱させるようなことばかりする自分は、一体何を考えているのか。

(…料理するときは集中。)

 かぶ、ねぎ、油揚げ、人参、鶏肉を切る。何度も作ったことのある煮込みうどんだ。失敗はおそらくしないだろう。

(それにしても…呆れた。)

 自分が訪れる、ということに焦って片付けをし始めるなんて。怒りたい気持ちにもなったが、今の自分は美海を怒れる距離にいないことはわかっていた。相手に対して怒りをぶつけても良いのは、もっと近しい関係になってからだと圭介は勝手に思っている。距離のある関係のまま、喜以外の感情を相手にぶつければ、その関係はたちまち破綻してしまうのはもうわかりきっている。

「…松下さんは、変なところで自分を大事にしない。」

 緊急事態でも頼らない。それどころか気をつかう。ただそれは美海のせいだけではないことも圭介は知っている。

「…距離を縮めればいいだけの話だったり、する…か…。」
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