10回目のキスの仕方
* * *

「あ、松下さん。」
「浅井…さん…。」

 家の前に着いた、その矢先だった。散々圭介の話をした後にこうしてばったり出会ってしまうなんて、間が間なだけに心拍数が急激に上昇した。

「バイト帰り?」
「いえ…そうではなくて、ちょっとご飯を…食べていました。」
「そう…なんだ。」
「浅井さんはこれからバイトですか?」
「いや、本屋に行こうかと思って。」
「あ、そうだったんですね!お引止めしてしまってすみません!」
「いやいや、引き止めたのは俺。」

 そう言って口元が緩む圭介を見るといつもは嬉しくなるのに、今日は何故だかそうではない。少し苦しくて息が詰まる。

「じゃあ、また講義で。」

 家の前の段差を降りて、歩き出そうとする圭介の腕を咄嗟に引いたのは美海だった。

「え…?」

 戸惑った声をあげたのは圭介だ。美海の方も掴んだくせに戸惑い、ぱっと手を離した。

「あ、あのっ!す、すみません!えっと…あの…ご、ごめんなさい…言葉が出て…こないんですけど…。お、落ち着くのでちょっと待ってください…。」
「…うん。」

 夏の夜に静かに沈黙が流れる。いつもは居心地が悪くて何か言葉を発さねばと焦るのに、今日は焦りの中に慎重に言葉を選ばなくてはというどこか落ち着いた気持ちもある。まずは引き止めてしまった理由を話さなくてはと思うが、それは今言ってしまっても良いことなのかに迷う。あくまで玲菜と圭介の問題に自分が介入するべきではないことは明白すぎる。それなのに、一度気になってしまったらもう聞かないでもいられない。

「…浅井さんは、大丈夫ですか?」
「え…?」

 玲菜が振られた話を聞いたのに圭介の心配をするなんて、最低な人間なのかもしれない。それでも、心配してしまう。優しい人だということを、知っているから。
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